Tango Artist - ロス・アストロス・デル・タンゴ

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Los Astros del Tango

(ロス・アストロス・デル・タンゴ)

1957/Orquesta/奏団

<フリオ・デ・カロ>、デルフィーノ(Delfino)、アイエタ(Aieta)という有名な作曲家の作品を体系的に演奏するため七重奏団。
1957年にはレコード会社ミュージック・ホールの依頼で ヴァイオリンの<エンリケ・フランチーニ>、バンドネオンの<フリオ・アウマーダ>、ピアノの{ハイメ・ゴシス}(Jaime Gosis)、ヴィオラの{マリオ・ラジ}(Mario Lalli)、チェロの{ホセ・ブラガト](Jose Bragato)、コントラバスの{ラファエル・デル・バグノ}(Rafael Del Bagno)と共に七重奏団<ロス・アストロス・デル・タンゴ>のメンバーとなり、タンゴの名曲版を出した。

Elvino Vardaro

(エルビーノ・バルダーロ)

1930/Orquesta2/楽団、ヴァイオリン

1920年代の初めには<フアン・マグリオ>や<ロベルト・フィルポ>などの楽団で演奏を始める。
1925年から1932年まで<オルケスタ・ティピカ・ビクトル>の第一ヴァイオリン奏者になる。
1930年代は自身の六重奏団を指揮した。
<フリオ・デ・カロ>派の流れの頂点を極めた。
1940年代1950年代は{シラルコ・オルティス}(Ciriaco Ortiz)、<オスバルド・フレセド>、<カルロス・ディ・サルリ>、<フルビオ・サラマンカ>、<ペドロ・マフィア>など多くの楽団指揮者に招かれ演奏し、それに加えて自身の楽団も指揮した。
1957年には七重奏団<ロス・アストロス・デル・タンゴ>のメンバーとなり、タンゴの名曲版を出した。
<アストル・ピアソラ>の{弦楽オーケストラ}(Orquesta de Cuerdas)と{ヌエボ・タンゴ}五重奏団(Quinteto Nuevo Tango)で1961年まで演奏する。
<アストル・ピアソラ>が彼に捧げたタンゴ曲バルダリート(Vardarito)がある。

Enrique Francini

(エンリケ・フランチーニ)

1945/Orquesta/作曲、楽団、ヴァイオリン

1938年<アルヘンティーノ・ガルバン>と演奏し、すぐ後に<ミゲル・カロー>楽団に入団、第1ヴァイオリン奏者として際立つ存在となった。
1945年<ミゲル・カロー>楽団から独立し、バンドネオン奏者の<アルマンド・ポンティエル>と10年に亘って<フランチーニ-ポンティエル>楽団を率いた。
1959年に<オラシオ・サルガン>、<ウバルド・デ・リオ>、<ペドロ・ラウレンス>、{ラファエル・フェロ}(Rafael Ferro)と共に<キンテート・レアル>を結成する。
並行して<エクトル・スタンポーニ>とドゥオを結成、{オクテート・ブエノスアイレス}(Octeto Buenos Aires)、<ロス・アストロス・デル・タンゴ>、<アティリオ・スタンポーネ>楽団にも参加した。
{ブエノスアイレス市立交響楽団}(Orquesta Filarmonica de Buenos Aires)のメンバーを務めたこともあった。

Argentino Galván

(アルヘンティーノ・ガルバン)

1928/Orquesta/作曲、楽団、ヴァイオリン

1935年以降は、<ミゲル・カロー>、<オスバルド・フレセド>、<アニバル・トロイロ>、<フランチーニ-ポンティエル>、自己の楽団のために書いた革新的な編曲によってその才能を広く認められるようになる。
1958年、<エドゥアルド・アローラス>、<アグスティン・バルディ>、<フリオ・デ・カロ>、<エンリケ・デルフィーノ>、<アンセルモ・アイエタ>という有名な作曲家の作品を体系的に演奏するため七重奏団<ロス・アストロス・デル・タンゴ>を設立。

Los Astros del Tango

(ロス・アストロス・デル・タンゴ)

1957/Orquesta/奏団

<フリオ・デ・カロ>、デルフィーノ(Delfino)、アイエタ(Aieta)という有名な作曲家の作品を体系的に演奏するため七重奏団。
1957年にはレコード会社ミュージック・ホールの依頼で ヴァイオリンの<エンリケ・フランチーニ>、バンドネオンの<フリオ・アウマーダ>、ピアノの{ハイメ・ゴシス}(Jaime Gosis)、ヴィオラの{マリオ・ラジ}(Mario Lalli)、チェロの{ホセ・ブラガト](Jose Bragato)、コントラバスの{ラファエル・デル・バグノ}(Rafael Del Bagno)と共に七重奏団<ロス・アストロス・デル・タンゴ>のメンバーとなり、タンゴの名曲版を出した。