Tango Artist - メルセデス・シモーネ

Orquesta(81)  Canta(104)  member(37)  Orquesta2(31)  Electronica(21)  Compositor(13)  Cafe De Los Maestros(15)  

Mercedes Simone

(メルセデス・シモーネ)

1922/Canta/ソロ女性歌手

1920年代1930年代に幅広い個性とスタイルで活躍した歌手七星の1人。
バイア・ブランカ市のカフェバー【ロス・ドス・チーノス】(Los Dos Chinos)でプロデビューを果たした。
その後、ブエノスアイレスのカフェ【ナシオナル】(Nacional)やキャバレー【シャンテクレール】(Chantecler)で歌う。
1927年からレコーディングを始め、メディアに出演し、人気になる。

Carlos García

(カルロス・ガルシーア)

1960/Orquesta/楽団、ピアノ

1932年には、<ロベルト・フィルポ>のオルケスタ・ティピカにピアノ奏者として加入した。
1936年から1938年まで<セバスティアン・ピアナ>の代理として、歌手<メルセデス・シモーネ>のレコーディングやライブに伴奏のトリオの一員として参加している。
1946年には教鞭をとり始め、ソリストとしての演奏や、フォルクローレ楽団の指揮も行った。
1960年からはラジオ局【LS1ラジオ・ムニシパル】(Radio Municipal)にて、1983年まで所属したオデオン・レーベルと同様に音楽顧問を務めた。
1980年代から先の<ブエノスアイレス市立タンゴ・オーケストラ>で、<カルロス・ガルシーア>はもっとも伝統的な曲々の編曲を担当した。

Sebastian Piana

(セバスティアン・ピアナ)

1931/Orquesta/作曲、楽団、ピアノ

1931年、<オメロ・マンシ>の詞によるミロンガ・センティメンタルを発表、ミロンガというジャンルに改革をもたらした。
ピアノ奏者として、<メルセデス・シモーネ>がトリオ・ティピコの伴奏で歌い始めた際、伴奏した。
<アルベルト・ゴメス>など他の歌手の伴奏も行った。
<ペドロ・マフィア>楽団にも、楽団に2名のピアニストがいた際に一緒に演奏している。
1934年には、<ペドロ・マフィア>、<シリアコ・オルティス>、<ペドロ・ラウレンス>、<カルロス・マルクッチ>とともに{ロス・シンコ・アセス・ペベーコ}を結成。
その後自己の楽団を率い、{オルケスタ・ティピカ・カンドンベ}と命名する。
1940年代にビクトルに10曲の録音を残した。

Susana Rinaldi

(スサーナ・リナルディ)

1960/Canta/女性歌手

彼女の出現により、1960年代の画一的で、制限されたタンゴシーンが変わる。
歌と演技の教育を同時に受ける(国立音楽学院と国立演劇学院) <メルセデス・シモーネ>や{エディット・ピアフ}(Edit Piaff)などのアーティストの影響を受けた。
フィンランド大統領から勲章を授かり、フランスでは芸術や文学の勲章受けた者として知られ、ユネスコ親善大使として任命される。