Tango Artist - ホセ・コランジェロ

Orquesta(81)  Canta(104)  member(37)  Orquesta2(31)  Electronica(21)  Compositor(13)  Cafe De Los Maestros(15)  

José Colángelo

(ホセ・コランジェロ)

1942/Orquesta/楽団、ピアノ

1940年代・50年代は<エドゥアルド・ロビラ>編曲での演奏をおこなった。
また歌手{エドゥアルド・ソラノ}(Eduardo Solano)の伴奏も務めた。
1959年には<オラシオ・サルガン>楽団のメンバーとラジオ局【LR3ラジオ・ベルグラーノ】の番組に出演。
1962年、<レオポルド・フェデリコ>に招かれ、歌手<フリオ・ソーサ>のピアノ伴奏をし、<フリオ・ソーサ>が1964年に亡くなるまでともにレコーディングをおこなった。
また<ホセ・コランジェロ>は、<ネストル・マルコーニ>、{オマル・ムルタフ}(Omar Murtagh)、<アニバル・アリアス>とともにカルテットを結成する。

Carlos Corrales

(カルロス・コラレス)

2003/member/バンドネオン

<カルロス・コラレス>は9歳で習い始めたバンドネオンで驚異的な上達をみせ、ソリストとしてラジオ、テレビ、舞台などで演奏を始める。
11歳で、ピアニストで作曲家の<ホセ・バッソ>のオーケストラとの競演でデビューを飾る。
1986年にはソリスタとして、ピアニストで作曲家の<ホセ・コランジェロ>とのコラボで日本40カ所を巡るツアーを行う。
彼が第一バンドネオンとして活躍した楽団には、<オラシオ・サルガン>、<オスバルド・ピロ>、{オスバルド・レケマ}(Osvaldo Requena)、{オマール・バレンテ}(Omar Valente)、<ネストル・マルコーニ>などのオーケストラや、{オルケスタ・デ・タンゴ・ブエノスアイレス}(Orquesta de Tango de Buenos Aires)が挙げられる。
  2003年には{オルケスタ・タンゴ・ビア・ブエノスアイレス}を一任された。
2004年にはタンゴバンドのネオタンゴ(Neotango)とCDを発表。
彼は新構成でスタートした<キンテート・レアル>のメンバーでもあり、<フアン・デ・ディオス・フィリベルト>国立アルゼンチン音楽オーケストラ(Orquesta Nacional de Musica Argentina Juan de Dios Filiberto)の第一バンドネオン奏者としても活躍している。

Néstor Marconi

(ネストル・マルコーニ)

2005/member/バンドネオン、現役

11歳でピアノと作曲の勉強を始め、その後バンドネオンに没頭。
ブエノスアイレスでは、<ホセ・バッソ>楽団のメンバーとしてスタートし、<エンリケ・フランチーニ>=<アルマンド・ポンティエル>楽団のメンバーともなった。
エクトル・コンソーレ、オラシオ・(オマール・)バレンテと共にバングアトリオを結成、タンゴの革新派バンドとなる。
オリジナル曲や、古典の名曲のアレンジでもその個性的な音使いを極めた。
<オラシオ・サルガン>の<キンテート・レアル>のメンバーとして演奏し、<アストル・ピアソラ>・キンテートの再現でピアソラ役としてピアソラのシンフォニックな作品を弾きこなし、<アドリアナ・バレーラ>、<エクトル・スタンポーニ>、<ホセ・コランジェロ>の編曲者として活躍したのは、その万能的なアレンジがあったからこそ。
2005年まで、<アティリオ・スタンポーネ>とともに国立<フアン・デ・ディオス・フィリベルト>・アルゼンチン音楽オーケストラの指揮者をつとめた。
現在は、自身のトリオで息子のレオナルド、コントラバスのオスカル・ジウンタと演奏している。
2007年からはオルケスタ・エスクエラ・デ・タンゴの指揮者もつとめている。

José Colángelo

(ホセ・コランジェロ)

1942/Orquesta/楽団、ピアノ

1940年代・50年代は<エドゥアルド・ロビラ>編曲での演奏をおこなった。
また歌手{エドゥアルド・ソラノ}(Eduardo Solano)の伴奏も務めた。
1959年には<オラシオ・サルガン>楽団のメンバーとラジオ局【LR3ラジオ・ベルグラーノ】の番組に出演。
1962年、<レオポルド・フェデリコ>に招かれ、歌手<フリオ・ソーサ>のピアノ伴奏をし、<フリオ・ソーサ>が1964年に亡くなるまでともにレコーディングをおこなった。
また<ホセ・コランジェロ>は、<ネストル・マルコーニ>、{オマル・ムルタフ}(Omar Murtagh)、<アニバル・アリアス>とともにカルテットを結成する。