Orquesta(81) Canta(104) member(37) Orquesta2(31) Electronica(21) Compositor(13) Cafe De Los Maestros(15)
(フロリンド・サッソーネ)
1947/Orquesta/楽団、ヴァイオリン
1931年に<ロベルト・フィルポ>の楽団に加わり、1933年には<オスバルド・フレセド>の楽団に移り、その楽団のスタイルは彼に強い影響を与えた。
1936年に<フランシスコ・アモール>を歌手にはじめて自身の楽団を結成する。
1947年に、歌手<ホルヘ・カサル>と共演したその後人気を得た。
<ホルヘ・カサル>が去った後、<オスバルド・プグリエーセ>の楽団を離れたばかりだった<ロベルト・チャネル>が加わる。
その他、共演した歌手には、<アンヘル・ディアス>などがいた。
また<オスバルド・レケーナ>、{ルシアーノ・レオカタ}(Luciano Leocata)、{アルマンド・クーポ}(Armando Cupo)なども彼の楽団に所属した。
1972年にはコロン劇場の舞台に立った。
自身の楽団とは別に、人気の{セステート・ドン・フロリンド}(Sexteto Don Florindo)の指揮も行った。


(フリアン・プラサ)
1968/Orquesta/作曲、楽団、バンドネオン、ピアノ
1945年からは{アントニオ・ロディオ} Antonio Rodio楽団、1949年からは<ミゲル・カロー>楽団に参加、カロー楽団にはほぼ10年間在籍した。
1956年 <カルロス・ディ・サルリ>楽団に移り、一方で<アティリオ・スタンポーネ>と<フロリンド・サッソーネ>のためにアレンジを書いた。
1959年<オスバルド・プグリエーセ>楽団に落ち着く。
1968年、<フリアン・プラサ>は、<エミリオ・バルカルセ>、<オスバルド・ルジェーロ>、<ビクトル・ラバジェン>、{オスカル・エレーロ} Oscar Herrero、{アルシーデス・ロッシ} Alcides Rossi と共に<セステート・タンゴ>を結成。


(アンヘル・ディアス)
1956/Canta/男性歌手
<ロベルト・ゴジェネチェ>へ影響を強く与えた実力派の歌手であった。
1947年に<フロリンド・サッソーネ>の楽団ボーカルとしてデビューする。
1950年にピアノ奏者<オラシオ・サルガン>の楽団に参加し、その頃、新進の歌手<ロベルト・ゴジェネチェ>と知り合う。
1956年から<アンヘル・ディアス>はソリストとして活動。
<ロベルト・ゴジェネチェ>の名声により<アンヘル・ディアス>にも再び注目が集まり、パレルモ地区の【カフェ・オメーロ】での夜間興行で遅ればせながらの共演を果たした。

