Tango Artist - フリオ・デ・カロ

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Julio De Caro

(フリオ・デ・カロ)

1924/Orquesta/作曲、楽団、ヴァイオリン

革新的なタンゴの流れをつくってきたデ・カロ楽派。
<フリオ・デ・カロ>は、ピアニストで弟の<フランシスコ・デ・カロ>とともに、<オスバルド・フレセド>と<フアン・カルロス・コビアン>の進歩的なアイデアを体系化し、編曲をほどこし、表現の鍵となるソリストを参加させ、タンゴの表現力を昇華させた(当時、ほとんどソロ演奏が取り入れられていなかった)。
音楽性の高い編曲の概念を持ちこみ、楽団員には後のタンゴ界を引っ張って行くような優秀なメンバーを揃える。
<リカルド・ルイス>・ブリニョーロ、<エドゥアルド・アローラス>、<オスバルド・フレセド>らと共演し、1921年にはサン・マルティン劇場のカーニバルのダンスパーティーで指揮者としてもデビューを果たした。
1923年に<フアン・カルロス・コビアン>楽団のヴァイオリニストに戻る。
1924年バンドネオン2名、ヴァイオリン2名、ピアノ、コントラバスによる自身の六重奏団を結成。
1934年、六重奏団を解散して、オルケスタを結成。
<フリオ・デ・カロ>自身は1940年まで自身の楽団でヴァイオリンを弾いていた。
グアルディア・ヌエバと呼ばれるようになる新しい表現方法を実践する。
ヴァイオリンの演奏は艶っぽい。
オデオンの5大楽団」のひとつ。

Osvaldo Fresedo

(オスバルド・フレセド)

1918/Orquesta/作曲、楽団、バンドネオン

1918年、自己の楽団を結成、メンバーに<フリオ・デ・カロ>がいた。
1920年、<エンリケ・デルフィーノ>、{ティト・ロカタグリアータ}と共にアメリカに。
1928年パリへ行き、【エル・ガロンリドアンバサドゥール】といった有名なキャバレーで演奏する。
従来の楽団編成にハープ、ブラス、ドラム、バイブラフォンを加えたこと、有名なジャズ・トランペッター{ディジー・ガレスピー}との共演録音は彼の革新性を象徴するものとなっている。
<フランシスコ・カナロ>と共にキャバレー【モンマルトル】に出演した。
オデオンの5大楽団」のひとつ。

Aníbal Troilo

(アニバル・トロイロ)

1937/Orquesta/作曲、楽団、バンドネオン

彼は、若くからバンドネオニスタとしての才能を発揮した。
1932年には、<フリオ・デ・カロ>、その1年後には<アルフレド・ゴビ>と共演。
続いて、<エルビーノ・バルダーロ>、<アンヘル・ダゴスティーノ>、<エンリケ・サントス・ディセポロ>、<オルケスタ・ティピカ・ビクトル>楽団(Orquesta Tipica Victor)、<フアン・カルロス・コビアン>とも共演している。
1937年、<アニバル・トロイロ>は自身のオルケスタを結成。
<アニバル・トロイロ>のオルケスタも、<カルロス・ガルデル>の残したスピリットを守り、<アストル・ピアソラ>よりも前に前衛的な音楽に挑戦し、楽団メンバーの構成や指揮、編曲に、細部にわたってこだわりを見せた。

Pedro Laurenz

(ペドロ・ラウレンス)

1934/Orquesta/作曲、楽団、バンドネオン

1924年に<フリオ・デ・カロ>楽団に参加。
<ペドロ・マフィア>が<フリオ・デ・カロ>楽団から離れた時、<ペドロ・ラウレンス>はトップバンドネオンとなる。
1934年自己の楽団を結成。
楽団解散後は、<オラシオ・サルガン>、<エンリケ・フランチーニ>、<ウバルド・デ・リオ>、{ラファエル・フェロ}と共に<キンテート・レアル>を結成した。
<キンテート・レアル>は、3回来日を果たしている。

Marcos Madrigal

(マルコス・マドリガル)

1936/member/バンドネオン、現役

音楽院と街の楽団で音楽を学び、独学で卓越したバンドネオンの技術を身に付けた。
1936年に<オスバルド・プグリエーセ>の最初の楽団に参加する。
<オラシオ・サルガン>、<エルビーノ・バルダーロ>、<フリオ・デ・カロ>など著名な楽団でバンドネオン奏者を務めた。
また長きに亘るバンドネオン教師としての活動。
現代のタンゴシーンで活躍する一流の演奏家を何人も育てた。
長く切望されていた彼の著によるバンドネオン教則本が2003年に出版された。
<ホセ・リベルテーラ>、<エルネスト・バッファ>、<マルセロ・ニシンマン>、{ビクトル・ウゴ・ビジェーナ}(Victor Hugo Villena)など様々な世代の偉大な演奏家達が名を連ねる。
その後しばらくして、<フアン・サンチェス・ゴリオ>、<エンリケ・ロドリゲス>、そして<オラシオ・サルガン>のオルケスタ・ティピカと演奏した。
1953年、<エルビーノ・バルダーロ>の楽団で再び演奏し、第一バンドネオン奏者の<フリオ・アウマーダ>を支えた。
フリオは後に自身の楽団に彼を招いている。
1970年代の終わりには、<オスバルド・フレセド>とレコーディングをし、1990年代の初めには<カルロス・ガルシーア>率いる楽団で{フェデリコ・スコルティカッティ}(Federico Scorticatti)のサポートとして日本ツアーに同行した。

Francisco De Caro

(フランシスコ・デ・カロ)

1924/member/作曲、ピアノ

<フリオ・デ・カロ>、<フランシスコ・デ・カロ> 1917年、<フランシスコ・デ・カロ>はバンドネオン奏者<カルロス・マルクッチ>率いる四重奏団でデビューを果たした。
息子たちにクラシックの勉強だけをさせたかった父と仲たがいし、モンテビデオへ移る。
1924年、帰国し兄<フリオ・デ・カロ>の楽団にピアノ奏者として参加、以後ずっと一緒に活動することになる。
<カルロス・ガルデル>と共演した映画ブエノスアイレスの灯 1931年以降さまざまな映画にも出演した。
完璧にピアノという楽器をマスターしており、タンゴにおけるメロディーとハーモニーの進化に決定的な要素となる一連の流れを生み出すことが出来た。
1960年代半ば、労働省で働くことにして、芸能活動からをあきらめてしまった。

Edmundo Rivero

(エドムンド・リベロ)

1940/Canta/作曲、男性歌手、ソロ

1940年代、<オラシオ・サルガン>で共演。
<アニバル・トロイロ>のオーケストラと一緒になると、すぐにトップスターになる。
<カルロス・ガルデル>の後、もっとも偉大なタンゴ歌手として、名を馳せる。
低音を操る技術で、<カルロス・ガルデル>の伝統を受け継ぐ者であった 1950年に<ビクトル・ブチーノ>や自身のギターカルテットと共にソロ活動を始めることになる。
1969年にはピアニストの{カルロス・ガルシーア}と共にブエノスアイレスでもっとも有名なタンゴバーの一つ【エル・ビエホ・アルマセン】(El Viejo Almacen)を開業。
そこで彼は死の直前まで歌い続けた。
<フリオ・デ・カロ>と{ホセ・デ・カロ}(Jose De Caro)のオーケストラの歌手であり、{ロス・カントーレス・デル・ヴァジェ}(Los Cantores del Valle)のメンバーでもあった。
レコード製作のために<オラシオ・サルガン>と再会し、<アストル・ピアソラ>と{ホルヘ・ルイス・ボルヘス}による歌詞で<アストル・ピアソラ>の作品を録音した。

Julio De Caro

(フリオ・デ・カロ)

1924/Orquesta/作曲、楽団、ヴァイオリン

革新的なタンゴの流れをつくってきたデ・カロ楽派。
<フリオ・デ・カロ>は、ピアニストで弟の<フランシスコ・デ・カロ>とともに、<オスバルド・フレセド>と<フアン・カルロス・コビアン>の進歩的なアイデアを体系化し、編曲をほどこし、表現の鍵となるソリストを参加させ、タンゴの表現力を昇華させた(当時、ほとんどソロ演奏が取り入れられていなかった)。
音楽性の高い編曲の概念を持ちこみ、楽団員には後のタンゴ界を引っ張って行くような優秀なメンバーを揃える。
<リカルド・ルイス>・ブリニョーロ、<エドゥアルド・アローラス>、<オスバルド・フレセド>らと共演し、1921年にはサン・マルティン劇場のカーニバルのダンスパーティーで指揮者としてもデビューを果たした。
1923年に<フアン・カルロス・コビアン>楽団のヴァイオリニストに戻る。
1924年バンドネオン2名、ヴァイオリン2名、ピアノ、コントラバスによる自身の六重奏団を結成。
1934年、六重奏団を解散して、オルケスタを結成。
<フリオ・デ・カロ>自身は1940年まで自身の楽団でヴァイオリンを弾いていた。
グアルディア・ヌエバと呼ばれるようになる新しい表現方法を実践する。
ヴァイオリンの演奏は艶っぽい。
オデオンの5大楽団」のひとつ。

Elvino Vardaro

(エルビーノ・バルダーロ)

1930/Orquesta2/楽団、ヴァイオリン

1920年代の初めには<フアン・マグリオ>や<ロベルト・フィルポ>などの楽団で演奏を始める。
1925年から1932年まで<オルケスタ・ティピカ・ビクトル>の第一ヴァイオリン奏者になる。
1930年代は自身の六重奏団を指揮した。
<フリオ・デ・カロ>派の流れの頂点を極めた。
1940年代1950年代は{シラルコ・オルティス}(Ciriaco Ortiz)、<オスバルド・フレセド>、<カルロス・ディ・サルリ>、<フルビオ・サラマンカ>、<ペドロ・マフィア>など多くの楽団指揮者に招かれ演奏し、それに加えて自身の楽団も指揮した。
1957年には七重奏団<ロス・アストロス・デル・タンゴ>のメンバーとなり、タンゴの名曲版を出した。
<アストル・ピアソラ>の{弦楽オーケストラ}(Orquesta de Cuerdas)と{ヌエボ・タンゴ}五重奏団(Quinteto Nuevo Tango)で1961年まで演奏する。
<アストル・ピアソラ>が彼に捧げたタンゴ曲バルダリート(Vardarito)がある。

Teofilo Ibanez

(テオフィロ・イバニェス)

1928/Canta/男性歌手、作詞

<ロドルフォ・ビアジ>、<フリオ・デ・カロ>や<オスバルド・フレセド>、{オルケスタ・ティピカ・ブルンスウィック}などで活躍。

Pedro Maffia

(ペドロ・マフィア)

1925/Orquesta/作曲、楽団、バンドネオン

<ペドロ・マフィア>は、バンドネオン奏者の手本となった。
<ロベルト・フィルポ>、<ルイス・ペトルチェリ>、<リカルド・ルイス>、<フアン・カルロス・コビアン>らと演奏した。
1924年から26年まで有名な<フリオ・デ・カロ>の六重奏団に参加。
その後、自己の楽団を率いた。

Argentino Galván

(アルヘンティーノ・ガルバン)

1928/Orquesta/作曲、楽団、ヴァイオリン

1935年以降は、<ミゲル・カロー>、<オスバルド・フレセド>、<アニバル・トロイロ>、<フランチーニ-ポンティエル>、自己の楽団のために書いた革新的な編曲によってその才能を広く認められるようになる。
1958年、<エドゥアルド・アローラス>、<アグスティン・バルディ>、<フリオ・デ・カロ>、<エンリケ・デルフィーノ>、<アンセルモ・アイエタ>という有名な作曲家の作品を体系的に演奏するため七重奏団<ロス・アストロス・デル・タンゴ>を設立。

Gabriel Clausi

(ガブリエル・クラウシ)

1930/Orquesta/作曲、バンドネオン

演奏家として、彼はソロ演奏を好み、<ペドロ・マフィア>の感性と技術を受け継ぐ。
<フアン・マグリオ>、<フランシスコ・プラカニコ>、<ロベルト・フィルポ>、<フリオ・デ・カロ>、<オスバルド・フレセド>などで共演している。
1940年代には、<ガブリエル・クラウシ>楽団を結成し、その後10年以上滞在することになるチリに渡り活躍する。
若き日の<アストル・ピアソラ>も短期間滞在した。
21世紀に、ファンからの要望を受けてロックバン{ドロス・ピオホス}とゲストとして共演するなど、他ジャンルにも活躍の場を広げていた。

Luis Diaz

(ルイス・ディアス)

1926/Canta/男性歌手、作詞

<フリオ・デ・カロ>楽団や{ドナート=セリージョ}楽団、<オスバルド・フレセド>楽団、{オルケスタ・ティピカ・ブルンスウィック}などで活躍。

Juan Carlos Cobian

(フアン・カルロス・コビアン)

1924/Orquesta/作曲、楽団、ピアノ

1922年<オスバルド・フレセド>楽団のメンバーとなる。
その後まもなく自己の楽団を結成 ヴァイオリン奏者の<フリオ・デ・カロ>が1924年に自己の六重奏団を結成、タンゴの最初の重要な革新を成し遂げたが、そこにはコビアンの貢献が少なくなかった。
アメリカに向かい、タンゴとジャズを演奏して数年間を過ごし、いくつかのレコードを録音。
1928年ブエノスアイレスに戻り、楽団を結成、その中には歌手<フランシスコ・フィオレンティーノ>が居た。

Los Astros del Tango

(ロス・アストロス・デル・タンゴ)

1957/Orquesta/奏団

<フリオ・デ・カロ>、デルフィーノ(Delfino)、アイエタ(Aieta)という有名な作曲家の作品を体系的に演奏するため七重奏団。
1957年にはレコード会社ミュージック・ホールの依頼で ヴァイオリンの<エンリケ・フランチーニ>、バンドネオンの<フリオ・アウマーダ>、ピアノの{ハイメ・ゴシス}(Jaime Gosis)、ヴィオラの{マリオ・ラジ}(Mario Lalli)、チェロの{ホセ・ブラガト](Jose Bragato)、コントラバスの{ラファエル・デル・バグノ}(Rafael Del Bagno)と共に七重奏団<ロス・アストロス・デル・タンゴ>のメンバーとなり、タンゴの名曲版を出した。

Pedro Lauga

(ペドロ・ラウガ)

1940/Canta/男性歌手、作詞

<フリオ・デ・カロ>楽団や<ペドロ・マフィア>楽団、{ルイス・ペトゥルチェーリ}で活躍。
同じく歌手の{ファン・ラウガ}とは兄弟。