Orquesta(81) Canta(104) member(37) Orquesta2(31) Electronica(21) Compositor(13) Cafe De Los Maestros(15)
(フランシスコ・デ・カロ)
1924/member/作曲、ピアノ
<フリオ・デ・カロ>、<フランシスコ・デ・カロ>
1917年、<フランシスコ・デ・カロ>はバンドネオン奏者<カルロス・マルクッチ>率いる四重奏団でデビューを果たした。
息子たちにクラシックの勉強だけをさせたかった父と仲たがいし、モンテビデオへ移る。
1924年、帰国し兄<フリオ・デ・カロ>の楽団にピアノ奏者として参加、以後ずっと一緒に活動することになる。
<カルロス・ガルデル>と共演した映画ブエノスアイレスの灯 1931年以降さまざまな映画にも出演した。
完璧にピアノという楽器をマスターしており、タンゴにおけるメロディーとハーモニーの進化に決定的な要素となる一連の流れを生み出すことが出来た。
1960年代半ば、労働省で働くことにして、芸能活動からをあきらめてしまった。


(フランシスコ・デ・カロ)
1924/member/作曲、ピアノ
<フリオ・デ・カロ>、<フランシスコ・デ・カロ>
1917年、<フランシスコ・デ・カロ>はバンドネオン奏者<カルロス・マルクッチ>率いる四重奏団でデビューを果たした。
息子たちにクラシックの勉強だけをさせたかった父と仲たがいし、モンテビデオへ移る。
1924年、帰国し兄<フリオ・デ・カロ>の楽団にピアノ奏者として参加、以後ずっと一緒に活動することになる。
<カルロス・ガルデル>と共演した映画ブエノスアイレスの灯 1931年以降さまざまな映画にも出演した。
完璧にピアノという楽器をマスターしており、タンゴにおけるメロディーとハーモニーの進化に決定的な要素となる一連の流れを生み出すことが出来た。
1960年代半ば、労働省で働くことにして、芸能活動からをあきらめてしまった。


(フリオ・デ・カロ)
1924/Orquesta/作曲、楽団、ヴァイオリン
革新的なタンゴの流れをつくってきたデ・カロ楽派。
<フリオ・デ・カロ>は、ピアニストで弟の<フランシスコ・デ・カロ>とともに、<オスバルド・フレセド>と<フアン・カルロス・コビアン>の進歩的なアイデアを体系化し、編曲をほどこし、表現の鍵となるソリストを参加させ、タンゴの表現力を昇華させた(当時、ほとんどソロ演奏が取り入れられていなかった)。
音楽性の高い編曲の概念を持ちこみ、楽団員には後のタンゴ界を引っ張って行くような優秀なメンバーを揃える。
<リカルド・ルイス>・ブリニョーロ、<エドゥアルド・アローラス>、<オスバルド・フレセド>らと共演し、1921年にはサン・マルティン劇場のカーニバルのダンスパーティーで指揮者としてもデビューを果たした。
1923年に<フアン・カルロス・コビアン>楽団のヴァイオリニストに戻る。
1924年バンドネオン2名、ヴァイオリン2名、ピアノ、コントラバスによる自身の六重奏団を結成。
1934年、六重奏団を解散して、オルケスタを結成。
<フリオ・デ・カロ>自身は1940年まで自身の楽団でヴァイオリンを弾いていた。
グアルディア・ヌエバと呼ばれるようになる新しい表現方法を実践する。
ヴァイオリンの演奏は艶っぽい。
「オデオンの5大楽団」のひとつ。

