Orquesta(81) Canta(104) member(37) Orquesta2(31) Electronica(21) Compositor(13) Cafe De Los Maestros(15)
(フアン・マグリオ)
1912/Orquesta/作曲、楽団、バンドネオン
<フアン・マグリオ>(愛称はパチョPacho)Juan Pacho Maglio。
バンドネオン独奏のレコードを残した最初の演奏家。
パレルモ地区の【カフェ・ラ・パロマ】 (cafe La Paloma)に自己の四重奏団で出演した時で、1912年コロンビア・レコードで録音を始めると、彼の人気はさらに大きくなった。


(ロドルフォ・ビアジ)
1938/Orquesta/作曲、楽団、ピアノ
<フアン・マグリオ>楽団で2年以上在籍し、その後{ミゲル・オルランド}の楽団にもいた。
1930年<カルロス・ガルデル>のレコ-ディングで数曲伴奏する。
<フアン・ギド>、<フアン・カナロ>とも演奏した。
1935年の<フアン・ダリエンソ>楽団において編曲家として、エネルギッシュなスタカートと神経質なリズムに貢献した。
<ロドルフォ・ビアジ>はミロンガで好む楽団リーダーになている。
1938年自己の楽団でもそれを引き継いだ。


(エンリケ・ロドリゲス)
1936/Orquesta/楽団、バンドネオン
彼はバンドネオン奏者であったが、時にピアノやヴァイオリンも演奏した。
{アントニオ・グットマン}(Antonio Gutman)、<フアン・マグリオ>、<フアン・カナロ>、<リカルド・ルイス>・ブリグノーロ(Ricardo Luis Brignolo)、<エドガルド・ドナート>の楽団や、{ホアキン・マウリシオ・モラ}(Joaquin Mauricio Mora)が指揮する六重奏団などを渡り歩いた。
1934年、ラジオ局【LR3ラジオ・ベルグラーノ】(LR3 Radio Belgrano)にて歌手
<フランシスコ・フィオレンティーノ>の伴奏を行うトリオのメンバーとなった。
1935年には結婚する事となる歌手の{マリア・ルイサ・ノタル}(Maria Luisa Notar)の伴奏のため四重奏団を結成した。
1936年、自身の楽団の指揮を取り始める。
柔軟性はあらゆるリズムを奏でる。


(エルビーノ・バルダーロ)
1930/Orquesta2/楽団、ヴァイオリン
1920年代の初めには<フアン・マグリオ>や<ロベルト・フィルポ>などの楽団で演奏を始める。
1925年から1932年まで<オルケスタ・ティピカ・ビクトル>の第一ヴァイオリン奏者になる。
1930年代は自身の六重奏団を指揮した。
<フリオ・デ・カロ>派の流れの頂点を極めた。
1940年代1950年代は{シラルコ・オルティス}(Ciriaco Ortiz)、<オスバルド・フレセド>、<カルロス・ディ・サルリ>、<フルビオ・サラマンカ>、<ペドロ・マフィア>など多くの楽団指揮者に招かれ演奏し、それに加えて自身の楽団も指揮した。
1957年には七重奏団<ロス・アストロス・デル・タンゴ>のメンバーとなり、タンゴの名曲版を出した。
<アストル・ピアソラ>の{弦楽オーケストラ}(Orquesta de Cuerdas)と{ヌエボ・タンゴ}五重奏団(Quinteto Nuevo Tango)で1961年まで演奏する。
<アストル・ピアソラ>が彼に捧げたタンゴ曲バルダリート(Vardarito)がある。
(ガブリエル・クラウシ)
1930/Orquesta/作曲、バンドネオン
演奏家として、彼はソロ演奏を好み、<ペドロ・マフィア>の感性と技術を受け継ぐ。
<フアン・マグリオ>、<フランシスコ・プラカニコ>、<ロベルト・フィルポ>、<フリオ・デ・カロ>、<オスバルド・フレセド>などで共演している。
1940年代には、<ガブリエル・クラウシ>楽団を結成し、その後10年以上滞在することになるチリに渡り活躍する。
若き日の<アストル・ピアソラ>も短期間滞在した。
21世紀に、ファンからの要望を受けてロックバン{ドロス・ピオホス}とゲストとして共演するなど、他ジャンルにも活躍の場を広げていた。


(ヘナロ・エスポシト)
1910/Orquesta/作曲、楽団、バンドネオン
トリオや四重奏から1910年頃楽団に移行していった先駆者の一人。
ブエノスイレスにおける1912年のビクトルへの録音から始まる。
<フアン・マグリオ>、<エドゥアルド・アローラス>、<ビセンテ・グレコ>や古典時代のバンドネオン奏者と同世代。
この頃ヴァイオリンの<アグスティン・バルディ>、ギターの{フェリクス・カマラーノ} Felix Camarano 、フルートの{ホセ・フステール} (Jose Fuster)と四重奏団を結成している。
1919年、モンテビデオのアルティーガス劇場で催されたダンスパーティーのために<エドゥアルド・アローラス>が編成した大編成楽団のメンバーとなった。


(フアン・マグリオ)
1912/Orquesta/作曲、楽団、バンドネオン
<フアン・マグリオ>(愛称はパチョPacho)Juan Pacho Maglio。
バンドネオン独奏のレコードを残した最初の演奏家。
パレルモ地区の【カフェ・ラ・パロマ】 (cafe La Paloma)に自己の四重奏団で出演した時で、1912年コロンビア・レコードで録音を始めると、彼の人気はさらに大きくなった。

