Tango Artist - フアン・カナロ

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Juan Canaro

(フアン・カナロ)

1954/Orquesta/作曲、バンドネオン

<フランシスコ・カナロ>の弟。

Rodolfo Biagi

(ロドルフォ・ビアジ)

1938/Orquesta/作曲、楽団、ピアノ

<フアン・マグリオ>楽団で2年以上在籍し、その後{ミゲル・オルランド}の楽団にもいた。
1930年<カルロス・ガルデル>のレコ-ディングで数曲伴奏する。
<フアン・ギド>、<フアン・カナロ>とも演奏した。
1935年の<フアン・ダリエンソ>楽団において編曲家として、エネルギッシュなスタカートと神経質なリズムに貢献した。
<ロドルフォ・ビアジ>はミロンガで好む楽団リーダーになている。
1938年自己の楽団でもそれを引き継いだ。

Eduardo Del Piano

(エドゥアルド・デル・ピアノ)

1926/member/バンドネオン

<フアン・カナロ>楽団などを経て<アンヘル・バルガス>の伴奏楽団をした。

Ernesto Fama

(エルネスト・ファマー)

1928/Canta/作曲、男性歌手

劇場で始まった<オスバルド・フレセド>と、まもなく、<カルロス・ディ・サルリ>と <フランシスコ・カナロ>年間続いた。
<オルケスタ・ティピカ・ビクトル>や<フランシスコ・カナロ>や<フアン・カナロ>などでも活躍。

Enrique Rodriguez

(エンリケ・ロドリゲス)

1936/Orquesta/楽団、バンドネオン

彼はバンドネオン奏者であったが、時にピアノやヴァイオリンも演奏した。
{アントニオ・グットマン}(Antonio Gutman)、<フアン・マグリオ>、<フアン・カナロ>、<リカルド・ルイス>・ブリグノーロ(Ricardo Luis Brignolo)、<エドガルド・ドナート>の楽団や、{ホアキン・マウリシオ・モラ}(Joaquin Mauricio Mora)が指揮する六重奏団などを渡り歩いた。
1934年、ラジオ局【LR3ラジオ・ベルグラーノ】(LR3 Radio Belgrano)にて歌手 <フランシスコ・フィオレンティーノ>の伴奏を行うトリオのメンバーとなった。
1935年には結婚する事となる歌手の{マリア・ルイサ・ノタル}(Maria Luisa Notar)の伴奏のため四重奏団を結成した。
1936年、自身の楽団の指揮を取り始める。
柔軟性はあらゆるリズムを奏でる。

Domingo Federico

(ドミンゴ・フェデリコ)

1945/Orquesta/楽団、バンドネオン

<ドミンゴ・フェデリコ>は<フアン・カナロ>の楽団へ移り、1941年には<ミゲル・カロー>の楽団にてその座を確固たるものとした。
1940年代の半ばに自身の楽団を持つに至る。
若者によって構成された楽団、{ロサリオ国立大学タンゴ青年オルケスタ}(Orquesta Juvenil de Tango de la Universidad Nacional de Rosario)では教師として賞賛を受け、芸術活動としても素晴らしい結果を残した。
  1961年に<フランシスコ・カナロ>の日本ツアーでバンドネオン奏者を務め、その後、自身の楽団でも度々日本ツアーを行った。

Susy Leiva

(スシィ・レイバ)

1926/Canta/女性歌手

<マリアーノ・モーレス>や<フアン・カナロ>で活躍。