Tango Artist - ネストル・マルコーニ

Orquesta(81)  Canta(104)  member(37)  Orquesta2(31)  Electronica(21)  Compositor(13)  Cafe De Los Maestros(15)  

Néstor Marconi

(ネストル・マルコーニ)

2005/member/バンドネオン、現役

11歳でピアノと作曲の勉強を始め、その後バンドネオンに没頭。
ブエノスアイレスでは、<ホセ・バッソ>楽団のメンバーとしてスタートし、<エンリケ・フランチーニ>=<アルマンド・ポンティエル>楽団のメンバーともなった。
エクトル・コンソーレ、オラシオ・(オマール・)バレンテと共にバングアトリオを結成、タンゴの革新派バンドとなる。
オリジナル曲や、古典の名曲のアレンジでもその個性的な音使いを極めた。
<オラシオ・サルガン>の<キンテート・レアル>のメンバーとして演奏し、<アストル・ピアソラ>・キンテートの再現でピアソラ役としてピアソラのシンフォニックな作品を弾きこなし、<アドリアナ・バレーラ>、<エクトル・スタンポーニ>、<ホセ・コランジェロ>の編曲者として活躍したのは、その万能的なアレンジがあったからこそ。
2005年まで、<アティリオ・スタンポーネ>とともに国立<フアン・デ・ディオス・フィリベルト>・アルゼンチン音楽オーケストラの指揮者をつとめた。
現在は、自身のトリオで息子のレオナルド、コントラバスのオスカル・ジウンタと演奏している。
2007年からはオルケスタ・エスクエラ・デ・タンゴの指揮者もつとめている。

Emilio Balcarce

(エミリオ・バルカルセ)

1968/Cafe De Los Maestros/作曲、楽団、ヴァイオリン、バンドネオン、現役

1940年代半ば、歌手の<アルベルト・カスティージョ>が<リカルド・タントゥーリ>楽団からソロとして独立した際、<エミリオ・バルカルセ>は彼の伴奏楽団を率い、その時代の第一線で活躍する。
<アニバル・トロイロ>と<アルフレド・ゴビ>などのために、編曲も行っている。
1948年、<オスバルド・プグリエーセ>楽団に入団。
編曲家としては、20年間に渡って<オスバルド・プグリエーセ>楽団に必要とされ、作曲でもインスピレーションに溢れ、ラ・ボルドーナ(La bordona)シ・ソス・ブルッホ(Si sos brujo)などが有名。
<オスバルド・プグリエーセ>とは日本、ソ連、中国へのツアーを行い、1968年、他のメンバーたちと<オスバルド・プグリエーセ>楽団を辞し、<セステート・タンゴ>を結成した。
1999年{ブエノスアイレス市立タンゴ学校オーケストラ}(Orquesta Escuela de Tango de la Ciudad de Buenos Aires)の指揮者となり、若い音楽家たちにタンゴの歴史的なスタイルを伝え、この楽団とともに、コロン劇場を含むブエノスアイレスの主要劇場やパリでの公演を行っている。
2004年、<カフェ・デ・ロス・マエストロス>プロジェクトに参加。
2006年にはブエノスアイレス市の名誉市民に選ばれた。
2007年には{ブエノスアイレス市立タンゴ学校オーケストラ}の指揮を<ネストル・マルコーニ>に託して引退したが、オーケストラは今も<エミリオ・バルカルセ>の名を冠している。

Carlos Corrales

(カルロス・コラレス)

2003/member/バンドネオン

<カルロス・コラレス>は9歳で習い始めたバンドネオンで驚異的な上達をみせ、ソリストとしてラジオ、テレビ、舞台などで演奏を始める。
11歳で、ピアニストで作曲家の<ホセ・バッソ>のオーケストラとの競演でデビューを飾る。
1986年にはソリスタとして、ピアニストで作曲家の<ホセ・コランジェロ>とのコラボで日本40カ所を巡るツアーを行う。
彼が第一バンドネオンとして活躍した楽団には、<オラシオ・サルガン>、<オスバルド・ピロ>、{オスバルド・レケマ}(Osvaldo Requena)、{オマール・バレンテ}(Omar Valente)、<ネストル・マルコーニ>などのオーケストラや、{オルケスタ・デ・タンゴ・ブエノスアイレス}(Orquesta de Tango de Buenos Aires)が挙げられる。
  2003年には{オルケスタ・タンゴ・ビア・ブエノスアイレス}を一任された。
2004年にはタンゴバンドのネオタンゴ(Neotango)とCDを発表。
彼は新構成でスタートした<キンテート・レアル>のメンバーでもあり、<フアン・デ・ディオス・フィリベルト>国立アルゼンチン音楽オーケストラ(Orquesta Nacional de Musica Argentina Juan de Dios Filiberto)の第一バンドネオン奏者としても活躍している。

Osvaldo Tarantino

(オスバルド・タランティーノ)

1940/member/作曲、ピアニスト、監督

1940年代、<ペドロ・マフィア>や<エドガルド・ドナート>、<アルヘンティーノ・ガルバン>のオーケストラと共に共演。
<エクトル・バレラ>のグループに加わり、<アルフレド・ゴビ>のオーケストラに加わる。
1960年代、<アストル・ピアソラ>の五重奏団、1972年には{グループコンフント9}( Conjunto 9)を結成。
ラウル・ガレロ(Raul Garello)と演奏し、<オラシオ・フェレール>と共演。
1980年代、<ネストル・マルコーニ>やアンヘル・リドルフィ(Angel Ridolfi)、また<ルベン・フアレス>や伝説の<ロベルト・ゴジェネチェ>と舞台【カフェ・オメロ】(Cafe Homero) にて共演。
歌手として有名な<アルベルト・マリノ>や<エドムンド・リベロ>伴奏を務める。

Horacio Salgán

(オラシオ・サルガン)

1944/Orquesta/作曲、楽団、ピアノ、監督

14歳の頃、<ロベルト・フィルポ>のオーケストラのメンバーギタリストの<ウバルド・デ・リオ>と活動を始始める。
1944年から自身のオーケストラの指揮を取り、その中には<レオポルド・フェデリコ>や<エルネスト・バッファ>で、歌手は、<エドムンド・リベロ>や<アンヘル・ディアス>、<ロベルト・ゴジェネチェ>。
1959年に<オラシオ・サルガン>をリーダーとして結成された五重奏。
当初のメンバーはピアノのサルガンの他、ヴァイオリン<エンリケ・フランチーニ>、バンドネオン<ペドロ・ラウレンス>、エレキギター<ウバルド・デ・リオ>、コントラバス{ラファエル・フェロ}。
その後メンバーの死去等もあり<アントニオ・アグリ>、<レオポルド・フェデリコ>、<ネストル・マルコーニ>らと交代。
彼は、アカデミックな音楽、ブラジル音楽、ジャズ、民俗音楽など、さまざまな要素を取り入れたて、数々の名作を生み出した。
1983年、【タンゴ・アルヘンティーノ】(Tango Argentino) のオリジナルキャストとして参加。

Damián Bolotin

(ダミアン・ボロティン)

2005/member/ヴァイオリン、現役

<レオポルド・フェデリコ>、<フリアン・プラサ>、<オラシオ・サルガン>、<アティリオ・スタンポーネ>、<ロドルフォ・メデーロス>、<ネストル・マルコーニ>などに参加

José Colángelo

(ホセ・コランジェロ)

1942/Orquesta/楽団、ピアノ

1940年代・50年代は<エドゥアルド・ロビラ>編曲での演奏をおこなった。
また歌手{エドゥアルド・ソラノ}(Eduardo Solano)の伴奏も務めた。
1959年には<オラシオ・サルガン>楽団のメンバーとラジオ局【LR3ラジオ・ベルグラーノ】の番組に出演。
1962年、<レオポルド・フェデリコ>に招かれ、歌手<フリオ・ソーサ>のピアノ伴奏をし、<フリオ・ソーサ>が1964年に亡くなるまでともにレコーディングをおこなった。
また<ホセ・コランジェロ>は、<ネストル・マルコーニ>、{オマル・ムルタフ}(Omar Murtagh)、<アニバル・アリアス>とともにカルテットを結成する。