Orquesta(81) Canta(104) member(37) Orquesta2(31) Electronica(21) Compositor(13) Cafe De Los Maestros(15)
(スサーナ・リナルディ)
1960/Canta/女性歌手
彼女の出現により、1960年代の画一的で、制限されたタンゴシーンが変わる。
歌と演技の教育を同時に受ける(国立音楽学院と国立演劇学院)
<メルセデス・シモーネ>や{エディット・ピアフ}(Edit Piaff)などのアーティストの影響を受けた。
フィンランド大統領から勲章を授かり、フランスでは芸術や文学の勲章受けた者として知られ、ユネスコ親善大使として任命される。


(オスバルド・アベーナ)
1964/member/バンドネオニスト
1960年代から、詩人<エクトル・ネグロ>との共作も含め、オリジナル曲を作るようになる。
また、2年間伴奏としてともに歩んだ<スサーナ・リナルディ>などタンゴに新しい風を吹きこみ、ミュージシャンとしての地位を確立していった。
1967年ODOLソング・フェスティバルで、<エクトル・ネグロ>と共作したこの街(Esta ciudad)が優勝し、その後もネグロとは多くの作品を生み出した。
1937年歌手<エクトル・マウレ>の伴奏者としてプロデビュー。
タンゴでは<アルド・カルデロン>、<スサーナ・リナルディ>、グラシエラ・スサーナ(Graciela Susana)に伴奏を提供する。


(エステバン・モルガード)
1990/Orquesta2/作曲、ギター
<エステバン・モルガード>は<ロベルト・ゴジェネチェ>、<スサーナ・リナルディ>、アドリアーナ・バレラ(Adriana Varela)等とステージやレコーディング・スタジオを共にした。
著名な歌手の伴奏、インストゥルメンタル四重奏団の指揮、教師として20年間に亘り精力的に活動している。
{ガブリエル・セナネス}(Gabriel Senanes)、{エクトル・スタフォリーニ}(Héctor Stafforini)、{マノロ・フアレス}(Manolo Juárez)に音楽を学び、歌手<ロベルト・ゴジェネチェ>のキャリアの最晩年にレコーディングを共にした。
また歌手<アドリアナ・バレーラ>のギターと音楽監督を務めた。
1990年代の半ばからは自身の四重奏団を持った。
メンバーはヴァイオリンに{キケ・コンドミ}(Quique Condomí)、バンドネオンに{ワルテル・カストロ}(Walter Castro)、コントラバスに{オラシオモノウルタード}(Horacio Mono Hurtado)によって構成された。
{ポルト・アレグレ・カンタ・タンゴス}(Porto Alegre canta Tangos)プロジェクトに参加し、歌手の<リディア・ボルダ>と共演した。

