Tango Artist - カルロス・マルクッチ

Orquesta(81)  Canta(104)  member(37)  Orquesta2(31)  Electronica(21)  Compositor(13)  Cafe De Los Maestros(15)  

Carlos Marcucci

(カルロス・マルクッチ)

1935/Orquesta/作曲、楽団、バンドネオン

1925年、<フランシスコ・カナロ>に呼ばれ、パリ公演に同行。
【メトロポル映画館】にて、彼のもっともよく知られたタンゴわが悩み Mi dolorを初演した。
この曲の素晴らしいバンドネオン変奏は<カルロス・マルクッチ>の編曲としての才能をみせた。

Francisco De Caro

(フランシスコ・デ・カロ)

1924/member/作曲、ピアノ

<フリオ・デ・カロ>、<フランシスコ・デ・カロ> 1917年、<フランシスコ・デ・カロ>はバンドネオン奏者<カルロス・マルクッチ>率いる四重奏団でデビューを果たした。
息子たちにクラシックの勉強だけをさせたかった父と仲たがいし、モンテビデオへ移る。
1924年、帰国し兄<フリオ・デ・カロ>の楽団にピアノ奏者として参加、以後ずっと一緒に活動することになる。
<カルロス・ガルデル>と共演した映画ブエノスアイレスの灯 1931年以降さまざまな映画にも出演した。
完璧にピアノという楽器をマスターしており、タンゴにおけるメロディーとハーモニーの進化に決定的な要素となる一連の流れを生み出すことが出来た。
1960年代半ば、労働省で働くことにして、芸能活動からをあきらめてしまった。

Carlos Marcucci

(カルロス・マルクッチ)

1935/Orquesta/作曲、楽団、バンドネオン

1925年、<フランシスコ・カナロ>に呼ばれ、パリ公演に同行。
【メトロポル映画館】にて、彼のもっともよく知られたタンゴわが悩み Mi dolorを初演した。
この曲の素晴らしいバンドネオン変奏は<カルロス・マルクッチ>の編曲としての才能をみせた。

Roberto Diaz

(ロベルト・ディアス)

1946/Canta/作曲、男性歌手

<オルケスタ・ティピカ・ビクトル>や<カルロス・マルクッチ>で活躍。

Sebastian Piana

(セバスティアン・ピアナ)

1931/Orquesta/作曲、楽団、ピアノ

1931年、<オメロ・マンシ>の詞によるミロンガ・センティメンタルを発表、ミロンガというジャンルに改革をもたらした。
ピアノ奏者として、<メルセデス・シモーネ>がトリオ・ティピコの伴奏で歌い始めた際、伴奏した。
<アルベルト・ゴメス>など他の歌手の伴奏も行った。
<ペドロ・マフィア>楽団にも、楽団に2名のピアニストがいた際に一緒に演奏している。
1934年には、<ペドロ・マフィア>、<シリアコ・オルティス>、<ペドロ・ラウレンス>、<カルロス・マルクッチ>とともに{ロス・シンコ・アセス・ペベーコ}を結成。
その後自己の楽団を率い、{オルケスタ・ティピカ・カンドンベ}と命名する。
1940年代にビクトルに10曲の録音を残した。