Tango Artist - カルロス・ガルデル

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Carlos Gardel

(カルロス・ガルデル)

1917/Canta/作曲、男性歌手、俳優、ソロ

デビューは1910年代末で1913年<ホセ・ラサーノ>とのドゥオを結成。
1917年「わが悲しみの夜」でタンゴ・カンシオンという分野を生み出した歌手。
1930年代、映画産業の初期スターとして、フランスやアメリカで撮影を行い、こうした世界的規模の活動の真っただなかで、飛行機事故にあい、この世を去った。
作曲家としても多くの作品を今日に残している。

Francisco García Jiménez

(フランシスコ・ガルシーア・ヒメネス)

1969/Compositor/作詞、劇作家、ジャーナリスト

<フランシスコ・ガルシーア・ヒメネス>は、タンゴの歴史を語ってきた。
それは、<カルロス・ガルデル>、<イグナシオ・コルシーニ>、<アグスティン・マガルディ>、<チャルロ>などの大歌手たちが活躍有名曲に詞を提供したことで、彼自身もそのタンゴの歴史の重要な一部分を担っていた。
最晩年まで著作活動を続けた。

Alfredo Le Pera

(アルフレド・レ・ペラ)

1935/Compositor/作詞、ジャーナリスト、劇作家、映画脚本家

<アルフレド・レ・ペラ>は、ロマンティックで感受性に優れた歌詞を得意とする。
<カルロス・ガルデル>と協力し、全世界で上映された彼の映画の有名な挿入歌とその脚本を作った。
<アルフレド・レ・ペラ>は、<カルロス・ガルデル>と共に1935年、コロンビアの飛行機事故で亡くなっている。

Hector Maure

(エクトル・マウレ)

1940/Canta/男性歌手、ソロ

1937年には<アンセルモ・アイエタ>楽団で活躍。
<フアン・ダリエンソ>のリフレイン・ボーカルとして大成功をおさめ、1945年にソロ歌手として活動を始めたころから、<カルロス・ガルデル>類されている歌手で、タンゴ界のスターとして認知されるようになった。
ソロ歌手としての長いキャリアを通して、<エクトル・バレラ>、<リト・エスカルソ>、<ホルヘ・ドラゴーネ>、<レオポルド・フェデリコ>などの楽団や、ギター奏者の<ロベルト・グレラ>とも共演した。

Rodolfo Biagi

(ロドルフォ・ビアジ)

1938/Orquesta/作曲、楽団、ピアノ

<フアン・マグリオ>楽団で2年以上在籍し、その後{ミゲル・オルランド}の楽団にもいた。
1930年<カルロス・ガルデル>のレコ-ディングで数曲伴奏する。
<フアン・ギド>、<フアン・カナロ>とも演奏した。
1935年の<フアン・ダリエンソ>楽団において編曲家として、エネルギッシュなスタカートと神経質なリズムに貢献した。
<ロドルフォ・ビアジ>はミロンガで好む楽団リーダーになている。
1938年自己の楽団でもそれを引き継いだ。

Aníbal Troilo

(アニバル・トロイロ)

1937/Orquesta/作曲、楽団、バンドネオン

彼は、若くからバンドネオニスタとしての才能を発揮した。
1932年には、<フリオ・デ・カロ>、その1年後には<アルフレド・ゴビ>と共演。
続いて、<エルビーノ・バルダーロ>、<アンヘル・ダゴスティーノ>、<エンリケ・サントス・ディセポロ>、<オルケスタ・ティピカ・ビクトル>楽団(Orquesta Tipica Victor)、<フアン・カルロス・コビアン>とも共演している。
1937年、<アニバル・トロイロ>は自身のオルケスタを結成。
<アニバル・トロイロ>のオルケスタも、<カルロス・ガルデル>の残したスピリットを守り、<アストル・ピアソラ>よりも前に前衛的な音楽に挑戦し、楽団メンバーの構成や指揮、編曲に、細部にわたってこだわりを見せた。

Pascual Contursi

(パスクアル・コントゥルシ)

1917/Compositor/作詞、劇作家

1917年わが悲しみの夜、このたった1曲だけでも偉大な作詞家の仲間入りに値することだ。
<カルロス・ガルデル>が歌い、タンゴの歌詞に新たなコンセプトをもたらした。
劇作家に転じてからも、<パスクアル・コントゥルシ>はいくつかの作品を単独で、また当時の有名な作者との共作で残している。

Celedonio Flores

(セレドニオ・フローレス)

1920/Compositor/作詞

1919年、<カルロス・ガルデル>の要請でギター奏者{ホセ・リカルド}の曲がつけられ、マルゴーというタイトルで<カルロス・ガルデル>によって録音された。
女性歌手<ロシータ・キロガ>、<エドムンド・リベロ>、<フリオ・ソーサ>がいる。

Saúl Cosentino

(サウル・コセンティーノ)

1983/member/演奏家

1990年にはブエノスアイレス市<カルロス・ガルデル>・コンクールにて<ロベルト・ディアス>の歌詞によるタンゴ曲ロ・ケ・メ・グスタ(Lo que me gusta)で優勝を獲得した。

Francisco De Caro

(フランシスコ・デ・カロ)

1924/member/作曲、ピアノ

<フリオ・デ・カロ>、<フランシスコ・デ・カロ> 1917年、<フランシスコ・デ・カロ>はバンドネオン奏者<カルロス・マルクッチ>率いる四重奏団でデビューを果たした。
息子たちにクラシックの勉強だけをさせたかった父と仲たがいし、モンテビデオへ移る。
1924年、帰国し兄<フリオ・デ・カロ>の楽団にピアノ奏者として参加、以後ずっと一緒に活動することになる。
<カルロス・ガルデル>と共演した映画ブエノスアイレスの灯 1931年以降さまざまな映画にも出演した。
完璧にピアノという楽器をマスターしており、タンゴにおけるメロディーとハーモニーの進化に決定的な要素となる一連の流れを生み出すことが出来た。
1960年代半ば、労働省で働くことにして、芸能活動からをあきらめてしまった。

Charlo

(チャルロ)

1928/Canta/男性歌手、ソロ

初期のレコードにおいては<カルロス・ガルデル>の強い影響がみられたが、やがて抑えの利いた、気取った独自のスタイルを確立した。
  1924年にラジオで歌い始め、翌年には最初のレコードを録音した。
1928年<フランシスコ・カナロ>楽団、同時にソロイストとしてのレコーディングも行った。
  <フランシスコ・ロムート>楽団の歌手としても録音している。
1935年からは映画にも出演、歌手としてマリオ・ソフィシ監督1935年作品バンドネオンの魂、

Edmundo Rivero

(エドムンド・リベロ)

1940/Canta/作曲、男性歌手、ソロ

1940年代、<オラシオ・サルガン>で共演。
<アニバル・トロイロ>のオーケストラと一緒になると、すぐにトップスターになる。
<カルロス・ガルデル>の後、もっとも偉大なタンゴ歌手として、名を馳せる。
低音を操る技術で、<カルロス・ガルデル>の伝統を受け継ぐ者であった 1950年に<ビクトル・ブチーノ>や自身のギターカルテットと共にソロ活動を始めることになる。
1969年にはピアニストの{カルロス・ガルシーア}と共にブエノスアイレスでもっとも有名なタンゴバーの一つ【エル・ビエホ・アルマセン】(El Viejo Almacen)を開業。
そこで彼は死の直前まで歌い続けた。
<フリオ・デ・カロ>と{ホセ・デ・カロ}(Jose De Caro)のオーケストラの歌手であり、{ロス・カントーレス・デル・ヴァジェ}(Los Cantores del Valle)のメンバーでもあった。
レコード製作のために<オラシオ・サルガン>と再会し、<アストル・ピアソラ>と{ホルヘ・ルイス・ボルヘス}による歌詞で<アストル・ピアソラ>の作品を録音した。

Ignacio Corsini

(イグナシオ・コルシーニ)

1922/Canta/作曲、歌手、俳優

1907年に、アポロ劇場で彼をデビューさせた。
1916年には映画サントス・ベガで俳優デビュー。
1922年サイネテキャバレーの踊り手のなかでパトテロ・センティメンタルを歌い、爆発的にヒットした。
1920~30年代、国民的歌手の中でも、<カルロス・ガルデル>、<アグスティン・マガルディ>とともに人気をはくしている。
彼のカラーは、その特徴ある声と個性的なスタイルにあり、ギターリストの<エンリケ・マシエル>と詩人{ペドロ・ブロンベルグ}による作品が際立っている。

Alberto Gómez

(アルベルト・ゴメス)

1932/Canta/作曲、男性歌手

彼のテノールの個性的なスタイルは、<カルロス・ガルデル>、<アグスティン・マガルディ>、<イグナシオ・コルシーニ>、<チャルロ>が全盛の時代にあっては最良の歌手の一人。
1932年半ば、<アルベルト・ゴメス>のソロがより大きな存在感を示すようになる。
楽団のリフレイン・ボーカリストとして、ニコの名で<オルケスタ・ティピカ・ビクトル>などで歌っている。
後年には <エドガルド・ドナート>や<ペドロ・マフィア>とも録音を残している。

Jose Razzano

(ホセ・ラサーノ)

1926/Canta/作曲、男性歌手

<カルロス・ガルデル>と組んで民謡などを歌っていた。
<カルロス・ガルデル>とともに作曲もしている。

Rafael Rossi

(ラファエル・ロッシ)

1927/Orquesta/作曲、バンドネオン

<フアン・マグリオ>楽団や{ホセ・マルティネス}楽団に所属したのち、1927年、一度自身の四重奏団を持ったがそのあと<ロベルト・フィルポ>の楽団に所属した。
彼の書いた曲は、<カルロス・ガルデル>にもたくさん歌われている。

Ciriaco Ortiz

(シリアコ・オルティス)

1925/Orquesta/作曲、楽団、バンドネオン

あまりに個性的なフレージングで際立っている。
<ロベルト・フィルポ>楽団で、<ペドロ・マフィア>の代役をつとめたことで注目を集めた。
1925年設立時から、<オルケスタ・ティピカ・ビクトル>のメンバーであり、その他にも{バルダロ=プグリエーセ}楽団 (Vardaro-Pugliese)、<カルロス・ガルデル>を伴奏した。
自己の楽団としては <オルケスタ・ティピカ・ロス・プロビンシアーノス>の設立

Juan de Dios Filiberto

(フアン・デ・ディオス・フィリベルト)

1932/Orquesta/作曲、楽団、ピアノ

世界中にその名を知られたカミニートが彼の象徴的作品になる。
<カルロス・ガルデル>は彼の曲を15曲ほど録音している。
1932年には自分の楽団を結成、{オルケスタ・ポルテーニャ}と名づけ、オデオンとビクトルに45曲の録音を残した。
指揮者として、現在国立<フアン・デ・ディオス・フィリベルト>記念アルゼンチン音楽オーケストラの名で続いている国立のオーケストラを設立し、それを率いた。

Sofía Bozán

(ソフィア・ボサン)

1936/Canta/歌手、女優

<エンリケ・サントス・ディセポロ>の有名なタンゴ ジーラ・ジーラ Yira…yiraの初演者した人物。
1931年に出演、<カルロス・ガルデル>と共演した。
1936年では{ペペ・アリアス} Pepe Arias、<チャルロ>と共演。