Tango Artist - オデオンの5大楽団

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Francisco Canaro

(フランシスコ・カナロ)

1916/Orquesta/作曲、楽団、ヴァイオリン

<ビセンテ・グレコ>楽団の活動の後、1916年に自身のグループを結成。
1910年代にリズムを強調した「タンゴ・ミロンガ」で評判を得る。
1925年にパリとアメリカへ。
1940年に<フランシスコ・カナロ>によって{ピリンチョ五重奏団}(Quinteto Pirincho)を結成 1961年には来日。
指揮者として4000曲という録音数がある。
オデオンの5大楽団」のひとつ。

Osvaldo Fresedo

(オスバルド・フレセド)

1918/Orquesta/作曲、楽団、バンドネオン

1918年、自己の楽団を結成、メンバーに<フリオ・デ・カロ>がいた。
1920年、<エンリケ・デルフィーノ>、{ティト・ロカタグリアータ}と共にアメリカに。
1928年パリへ行き、【エル・ガロンリドアンバサドゥール】といった有名なキャバレーで演奏する。
従来の楽団編成にハープ、ブラス、ドラム、バイブラフォンを加えたこと、有名なジャズ・トランペッター{ディジー・ガレスピー}との共演録音は彼の革新性を象徴するものとなっている。
<フランシスコ・カナロ>と共にキャバレー【モンマルトル】に出演した。
オデオンの5大楽団」のひとつ。

Francisco Lomuto

(フランシスコ・ロムート)

1923/Orquesta/作曲、楽団、ピアノ

1922年には自身のオーケストラを持ち、1922年から1950年の間に950曲以上を録音しました タンゴの特徴は、減七度で終わる独特のエンディングで、力強いビートを持つ。
<フランシスコ・カナロ>や<ロベルト・フィルポ>と同時期のアーティストでタンゴの黄金時代を作った。
オデオンの5大楽団」のひとつ。

Roberto Firpo

(ロベルト・フィルポ)

1924/Orquesta/作曲、楽団、ピアノ

ピアノ奏者で作曲家の<アルフレド・ベビラクア>の指導で音楽の知識を体系化した。
<ロベルト・フィルポ>は、楽団編成にピアノを組み込むことに決定的役割を果たした。
1913年、キャバレー【アルメノンビル】 (Armenonville)で自己の楽団でデビューした。
楽団メンバーとして在籍したのは、<エドゥアルド・アローラス>、 ヴァイオリンの{ティト・ロカタグリアータ} (Tito Roccatagliata)、後年には、<ペドロ・マフィア>、<エルビーノ・バルダーロ>、<オスバルド・プグリエーセ>、<カルロス・ガルシーア>などがいた。
オデオンの5大楽団」のひとつ。

Julio De Caro

(フリオ・デ・カロ)

1924/Orquesta/作曲、楽団、ヴァイオリン

革新的なタンゴの流れをつくってきたデ・カロ楽派。
<フリオ・デ・カロ>は、ピアニストで弟の<フランシスコ・デ・カロ>とともに、<オスバルド・フレセド>と<フアン・カルロス・コビアン>の進歩的なアイデアを体系化し、編曲をほどこし、表現の鍵となるソリストを参加させ、タンゴの表現力を昇華させた(当時、ほとんどソロ演奏が取り入れられていなかった)。
音楽性の高い編曲の概念を持ちこみ、楽団員には後のタンゴ界を引っ張って行くような優秀なメンバーを揃える。
<リカルド・ルイス>・ブリニョーロ、<エドゥアルド・アローラス>、<オスバルド・フレセド>らと共演し、1921年にはサン・マルティン劇場のカーニバルのダンスパーティーで指揮者としてもデビューを果たした。
1923年に<フアン・カルロス・コビアン>楽団のヴァイオリニストに戻る。
1924年バンドネオン2名、ヴァイオリン2名、ピアノ、コントラバスによる自身の六重奏団を結成。
1934年、六重奏団を解散して、オルケスタを結成。
<フリオ・デ・カロ>自身は1940年まで自身の楽団でヴァイオリンを弾いていた。
グアルディア・ヌエバと呼ばれるようになる新しい表現方法を実践する。
ヴァイオリンの演奏は艶っぽい。
オデオンの5大楽団」のひとつ。