Tango Artist - オスバルド・ベリンジェリ

Orquesta(81)  Canta(104)  member(37)  Orquesta2(31)  Electronica(21)  Compositor(13)  Cafe De Los Maestros(15)  

Osvaldo Berlingieri

(オスバルド・ベリンジェリ)

1950/Orquesta/作曲、楽団、ピアノ

1944年歌手<エクトル・マウレ>の伴奏楽団に始まる。
その後<ドミンゴ・フェデリコ>、{ホアキン・ド・レジェス}(Joaquin Do Reyes)、<エドガルド・ドナート>、{ミゲル・カロー}(Miguel Calo)などの楽団に参加した。
1956年、<アニバル・トロイロ>の楽団に参加するまでは、歌手<ラウル・イリアルテ>の伴奏を務め、その後の<アニバル・トロイロ>楽団への参加。
<アニバル・トロイロ>楽団には約10年在籍し、その時期に決定的な自身のスタイルを確立。
力強いタンゴリズムを持ちながらも、ジャズの影響を受けた、タンゴにはあまりないコードや装飾を加えたことで、表現力豊かなスタイルを確立した。
<アニバル・トロイロ>楽団での仕事と並行して、{ロス・モデルノス}、{ロス・ノタブレス・デル・タンゴ}、<エルネスト・バッファ>との共同主宰による楽団とトリオにも参加した。
<アニバル・トロイロ>楽団を離れた後、<エルネスト・バッファ>との共演は1970年まで続いた。
その後のプロジェクトは、バンドネオン<レオポルド・フェデリコ>、コントラバス{オラシオ・カバルコス}とのトリオであった。
ヒットした歌手は、<ロベルト・ゴジェネチェ>との共演アルバムから、<オスバルド・タランティーノ>とのピアノ・ドゥオによる不思議なアルバムまで多数の録音を残している。
【タンゴ・アルゼンチーノ】の音楽監督を務めた。

Pablo Agri

(パブロ・アグリ)

1990/member/ヴァイオリン

1990年代後半には、タンゴのキャリアをスタートさせ、<オスバルド・ベリンジェリ>、<オラシオ・サルガン>、<フリアン・プラサ>らと共演。
<レオポルド・フェデリコ>楽団へも参加するようになる。
<ブエノスアイレス市立タンゴ・オーケストラ>に参加。
のちに、{コロン劇場専属オーケストラ}(Orquesta Estable del Teatro Colon)と{アベジャネーダ交響楽団}(Orquesta Sinfonica de Avellaneda)のメンバーとなる。

Ernesto Baffa

(エルネスト・バッファ)

1959/Cafe De Los Maestros/作曲、楽団、バンドネオン

初めは、<オラシオ・サルガン>楽団で<レオポルド・フェデリコ>の後継として、後には<アニバル・トロイロ>楽団で、第1バンドネオンを任される存在として、1950年代からバンドネオンの代表的演奏家の一人であった。
また多作の作曲家としても知られている。
1953年、<オラシオ・サルガン>楽団に入る前、すでに<エクトル・スタンポーニ>、アルベルト・マンシオーネ Alberto Mancione、<アルフレド・ゴビ>、<ペドロ・ラウレンス>などの楽団、歌手のアルベルト・マリノ Alberto Marinoの伴奏楽団のメンバーだった。
1959年から1968年までは、<オスバルド・ベリンジェリ>と共に活動し始め、また<ウバルド・デ・リオ>と共にクアルテート・ドス・ポル・クアトロ Cuarteto 2x4を率いた。
<カフェ・デ・ロス・マエストロス>プロジェクトでは、<ウバルド・デ・リオ>のギター、<クリスティアン・サラテ>のピアノ、ガブリエル・デ・リオ Gabriel De Lio のギターなどによるキンテートによるもの。