Tango Artist - エルネスト・バッファ

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Ernesto Baffa

(エルネスト・バッファ)

1959/Cafe De Los Maestros/作曲、楽団、バンドネオン

初めは、<オラシオ・サルガン>楽団で<レオポルド・フェデリコ>の後継として、後には<アニバル・トロイロ>楽団で、第1バンドネオンを任される存在として、1950年代からバンドネオンの代表的演奏家の一人であった。
また多作の作曲家としても知られている。
1953年、<オラシオ・サルガン>楽団に入る前、すでに<エクトル・スタンポーニ>、アルベルト・マンシオーネ Alberto Mancione、<アルフレド・ゴビ>、<ペドロ・ラウレンス>などの楽団、歌手のアルベルト・マリノ Alberto Marinoの伴奏楽団のメンバーだった。
1959年から1968年までは、<オスバルド・ベリンジェリ>と共に活動し始め、また<ウバルド・デ・リオ>と共にクアルテート・ドス・ポル・クアトロ Cuarteto 2x4を率いた。
<カフェ・デ・ロス・マエストロス>プロジェクトでは、<ウバルド・デ・リオ>のギター、<クリスティアン・サラテ>のピアノ、ガブリエル・デ・リオ Gabriel De Lio のギターなどによるキンテートによるもの。

Sonia Possetti

(ソニア・ポセッティ)

2003/member/演奏家、現役

ピアノを<オラシオ・サルガン>に学ぶ。
<エルネスト・バッファ>の六重奏団や、{カルロス・ブオーノ}(Carlos Buono)、<ロドルフォ・メデーロス>の五重奏団のメンバーでもあった。
2003年には自身の作曲した作品を演奏する為、著名なミュージシャン達と五重奏団を結成した。
それはヴァイオリンに<ダミアン・ボロティン>、バンドネオンに{フェデリコ・ペレイラ}(Federico Pereira)、パーカッション兼ビブラフォンに{ファビアン・ケオログラニアン}(Fabian Keoroglanian)、コントラバスに{アドリアナ・ゴンサレス}(Adriana Gonzalez)というメンバー構成であった。
1996年からは【アベジャネダ・ポピュラー音楽学校】の教師も勤めており、レパートリーと実習の授業を受け持っている。

Ubaldo De Lio

(ウバルド・デ・リオ)

1960/Cafe De Los Maestros/作曲、ギター、現役

1957年レティーロ地区の店でキューバ音楽を演奏している時、<オラシオ・サルガン>と一緒に演奏してみないかという提案を受ける。
以来サルガンとのドゥオはほぼ50年にわたって続いており、世界中を廻り、絶賛を浴びた。
1960年からこのドゥオを格として、<キンテート・レアル>が結成され、メンバーを変えつつ、2004年からはセサル・サルガン(Cesar Salgan)が父オラシオに代わってデ・リオの傍らで演奏している。
<カフェ・デ・ロス・マエストロス>プロジェクトで<エルネスト・バッファ>五重奏団のメンバーでもある。

Marcos Madrigal

(マルコス・マドリガル)

1936/member/バンドネオン、現役

音楽院と街の楽団で音楽を学び、独学で卓越したバンドネオンの技術を身に付けた。
1936年に<オスバルド・プグリエーセ>の最初の楽団に参加する。
<オラシオ・サルガン>、<エルビーノ・バルダーロ>、<フリオ・デ・カロ>など著名な楽団でバンドネオン奏者を務めた。
また長きに亘るバンドネオン教師としての活動。
現代のタンゴシーンで活躍する一流の演奏家を何人も育てた。
長く切望されていた彼の著によるバンドネオン教則本が2003年に出版された。
<ホセ・リベルテーラ>、<エルネスト・バッファ>、<マルセロ・ニシンマン>、{ビクトル・ウゴ・ビジェーナ}(Victor Hugo Villena)など様々な世代の偉大な演奏家達が名を連ねる。
その後しばらくして、<フアン・サンチェス・ゴリオ>、<エンリケ・ロドリゲス>、そして<オラシオ・サルガン>のオルケスタ・ティピカと演奏した。
1953年、<エルビーノ・バルダーロ>の楽団で再び演奏し、第一バンドネオン奏者の<フリオ・アウマーダ>を支えた。
フリオは後に自身の楽団に彼を招いている。
1970年代の終わりには、<オスバルド・フレセド>とレコーディングをし、1990年代の初めには<カルロス・ガルシーア>率いる楽団で{フェデリコ・スコルティカッティ}(Federico Scorticatti)のサポートとして日本ツアーに同行した。

Horacio Salgán

(オラシオ・サルガン)

1944/Orquesta/作曲、楽団、ピアノ、監督

14歳の頃、<ロベルト・フィルポ>のオーケストラのメンバーギタリストの<ウバルド・デ・リオ>と活動を始始める。
1944年から自身のオーケストラの指揮を取り、その中には<レオポルド・フェデリコ>や<エルネスト・バッファ>で、歌手は、<エドムンド・リベロ>や<アンヘル・ディアス>、<ロベルト・ゴジェネチェ>。
1959年に<オラシオ・サルガン>をリーダーとして結成された五重奏。
当初のメンバーはピアノのサルガンの他、ヴァイオリン<エンリケ・フランチーニ>、バンドネオン<ペドロ・ラウレンス>、エレキギター<ウバルド・デ・リオ>、コントラバス{ラファエル・フェロ}。
その後メンバーの死去等もあり<アントニオ・アグリ>、<レオポルド・フェデリコ>、<ネストル・マルコーニ>らと交代。
彼は、アカデミックな音楽、ブラジル音楽、ジャズ、民俗音楽など、さまざまな要素を取り入れたて、数々の名作を生み出した。
1983年、【タンゴ・アルヘンティーノ】(Tango Argentino) のオリジナルキャストとして参加。

Osvaldo Berlingieri

(オスバルド・ベリンジェリ)

1950/Orquesta/作曲、楽団、ピアノ

1944年歌手<エクトル・マウレ>の伴奏楽団に始まる。
その後<ドミンゴ・フェデリコ>、{ホアキン・ド・レジェス}(Joaquin Do Reyes)、<エドガルド・ドナート>、{ミゲル・カロー}(Miguel Calo)などの楽団に参加した。
1956年、<アニバル・トロイロ>の楽団に参加するまでは、歌手<ラウル・イリアルテ>の伴奏を務め、その後の<アニバル・トロイロ>楽団への参加。
<アニバル・トロイロ>楽団には約10年在籍し、その時期に決定的な自身のスタイルを確立。
力強いタンゴリズムを持ちながらも、ジャズの影響を受けた、タンゴにはあまりないコードや装飾を加えたことで、表現力豊かなスタイルを確立した。
<アニバル・トロイロ>楽団での仕事と並行して、{ロス・モデルノス}、{ロス・ノタブレス・デル・タンゴ}、<エルネスト・バッファ>との共同主宰による楽団とトリオにも参加した。
<アニバル・トロイロ>楽団を離れた後、<エルネスト・バッファ>との共演は1970年まで続いた。
その後のプロジェクトは、バンドネオン<レオポルド・フェデリコ>、コントラバス{オラシオ・カバルコス}とのトリオであった。
ヒットした歌手は、<ロベルト・ゴジェネチェ>との共演アルバムから、<オスバルド・タランティーノ>とのピアノ・ドゥオによる不思議なアルバムまで多数の録音を残している。
【タンゴ・アルゼンチーノ】の音楽監督を務めた。