Tango Artist - エドゥアルド・アローラス

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Eduardo Arolas

(エドゥアルド・アローラス)

1914/Orquesta/作曲、楽団、バンドネオン

バンドネオンの演奏技術が未発達だった時代、<エドゥアルド・アローラス>は、当時としてはズバ抜けた才能からバンドネオンの虎(El Tigre del Bandoneon)と呼ばれるようになった。
<ロベルト・フィルポ>とは、キャバレー【アルメノンビル】で共演している。

Edgardo Donato

(エドガルド・ドナート)

1930/Orquesta/作曲、楽団、ヴァイオリン

モンテビデオにあるフランツリスト音楽院に通い、音楽を習得する。
ピアニストの{エンリケ・デルフィーノ}が在籍する楽団や、ジャズピアニストの{カルロス・ウォーレン}の楽団を渡り、<エドゥアルド・アローラス>楽団にも籍を置いて、ブエノスアイレスに戻ってくる。
1927年に、{ロベルト・セリージョ}と共に、{ドナート・セリージョ楽団} (Orquesta Donato-Zerrillo) を設立する。
1930年に、{ロベルト・セリージョ}がチリに移住し、<エドガルド・ドナート>楽団 (La orquesta de Edgardo Donato)となる。

Roberto Firpo

(ロベルト・フィルポ)

1924/Orquesta/作曲、楽団、ピアノ

ピアノ奏者で作曲家の<アルフレド・ベビラクア>の指導で音楽の知識を体系化した。
<ロベルト・フィルポ>は、楽団編成にピアノを組み込むことに決定的役割を果たした。
1913年、キャバレー【アルメノンビル】 (Armenonville)で自己の楽団でデビューした。
楽団メンバーとして在籍したのは、<エドゥアルド・アローラス>、 ヴァイオリンの{ティト・ロカタグリアータ} (Tito Roccatagliata)、後年には、<ペドロ・マフィア>、<エルビーノ・バルダーロ>、<オスバルド・プグリエーセ>、<カルロス・ガルシーア>などがいた。
オデオンの5大楽団」のひとつ。

Julio De Caro

(フリオ・デ・カロ)

1924/Orquesta/作曲、楽団、ヴァイオリン

革新的なタンゴの流れをつくってきたデ・カロ楽派。
<フリオ・デ・カロ>は、ピアニストで弟の<フランシスコ・デ・カロ>とともに、<オスバルド・フレセド>と<フアン・カルロス・コビアン>の進歩的なアイデアを体系化し、編曲をほどこし、表現の鍵となるソリストを参加させ、タンゴの表現力を昇華させた(当時、ほとんどソロ演奏が取り入れられていなかった)。
音楽性の高い編曲の概念を持ちこみ、楽団員には後のタンゴ界を引っ張って行くような優秀なメンバーを揃える。
<リカルド・ルイス>・ブリニョーロ、<エドゥアルド・アローラス>、<オスバルド・フレセド>らと共演し、1921年にはサン・マルティン劇場のカーニバルのダンスパーティーで指揮者としてもデビューを果たした。
1923年に<フアン・カルロス・コビアン>楽団のヴァイオリニストに戻る。
1924年バンドネオン2名、ヴァイオリン2名、ピアノ、コントラバスによる自身の六重奏団を結成。
1934年、六重奏団を解散して、オルケスタを結成。
<フリオ・デ・カロ>自身は1940年まで自身の楽団でヴァイオリンを弾いていた。
グアルディア・ヌエバと呼ばれるようになる新しい表現方法を実践する。
ヴァイオリンの演奏は艶っぽい。
オデオンの5大楽団」のひとつ。

Agustín Bardi

(アグスティン・バルディ)

1921/member/作曲、ヴァイオリン、ピアノ

<アグスティン・バルディ>は、<エドゥアルド・アローラス>、<エンリケ・デルフィーノ>、<フアン・カルロス・コビアン>と共に、タンゴ史におけるもっとも美しい作品を残したクリエーターの一人。
<ビセンテ・グレコ>に招かれ、その後モンテス・デ・オカ通りとイリアルテ通りの交差点にあったカフェ【TVO】で<エドゥアルド・アローラス>と演奏した。
優れた演奏家となっても商社の仕事は辞めなかった。
現在のアルゼンチン音楽著作家協会 SADIACの前身にあたる音楽家の作品の権利を守る組織の創立メンバー。
1921年以降は、音楽活動は作曲のみとなり、現在も作曲家として知られている。

Argentino Galván

(アルヘンティーノ・ガルバン)

1928/Orquesta/作曲、楽団、ヴァイオリン

1935年以降は、<ミゲル・カロー>、<オスバルド・フレセド>、<アニバル・トロイロ>、<フランチーニ-ポンティエル>、自己の楽団のために書いた革新的な編曲によってその才能を広く認められるようになる。
1958年、<エドゥアルド・アローラス>、<アグスティン・バルディ>、<フリオ・デ・カロ>、<エンリケ・デルフィーノ>、<アンセルモ・アイエタ>という有名な作曲家の作品を体系的に演奏するため七重奏団<ロス・アストロス・デル・タンゴ>を設立。

Genaro Espósito

(ヘナロ・エスポシト)

1910/Orquesta/作曲、楽団、バンドネオン

トリオや四重奏から1910年頃楽団に移行していった先駆者の一人。
ブエノスイレスにおける1912年のビクトルへの録音から始まる。
<フアン・マグリオ>、<エドゥアルド・アローラス>、<ビセンテ・グレコ>や古典時代のバンドネオン奏者と同世代。
この頃ヴァイオリンの<アグスティン・バルディ>、ギターの{フェリクス・カマラーノ} Felix Camarano 、フルートの{ホセ・フステール} (Jose Fuster)と四重奏団を結成している。
1919年、モンテビデオのアルティーガス劇場で催されたダンスパーティーのために<エドゥアルド・アローラス>が編成した大編成楽団のメンバーとなった。

Eduardo Arolas

(エドゥアルド・アローラス)

1914/Orquesta/作曲、楽団、バンドネオン

バンドネオンの演奏技術が未発達だった時代、<エドゥアルド・アローラス>は、当時としてはズバ抜けた才能からバンドネオンの虎(El Tigre del Bandoneon)と呼ばれるようになった。
<ロベルト・フィルポ>とは、キャバレー【アルメノンビル】で共演している。