Tango Artist - アンヘル・バルガス

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Angel Vargas

(アンヘル・バルガス)

1940/Canta/男性歌手、ソロ

1938年<オルケスタ・ティピカ・ビクトル>楽団と録音した際の歌手としての登録に、音楽会社ビクトル(Victor)へ赴き、その翌年には同社から初のソロのレコードを発表する。
1940年に、<アンヘル・ダゴスティーノ>が<アンヘル・バルガス>を歌手に迎え、レコードは爆発的にヒットした。
<イグナシオ・コルシーニ>を思わせる歌唱スタイルを秘めた 1951年から1954年までは{アルマンド・ラカバ}(Armando Lacava)楽団が彼のバックで演奏しており、1954年から1955年までは<ルイス・スタソ>と1959年には<ホセ・リベルテーラ>との録音を残している。

Angel Vargas

(アンヘル・バルガス)

1940/Canta/男性歌手、ソロ

1938年<オルケスタ・ティピカ・ビクトル>楽団と録音した際の歌手としての登録に、音楽会社ビクトル(Victor)へ赴き、その翌年には同社から初のソロのレコードを発表する。
1940年に、<アンヘル・ダゴスティーノ>が<アンヘル・バルガス>を歌手に迎え、レコードは爆発的にヒットした。
<イグナシオ・コルシーニ>を思わせる歌唱スタイルを秘めた 1951年から1954年までは{アルマンド・ラカバ}(Armando Lacava)楽団が彼のバックで演奏しており、1954年から1955年までは<ルイス・スタソ>と1959年には<ホセ・リベルテーラ>との録音を残している。

Edelmiro D'Amario

(エデルミーロ・ダマリオ)

1927/member/作曲、楽団、バンドネオン

アンヘル・バルガスの伴奏などで活躍した

Eduardo Del Piano

(エドゥアルド・デル・ピアノ)

1926/member/バンドネオン

<フアン・カナロ>楽団などを経て<アンヘル・バルガス>の伴奏楽団をした。

Angel D'Agostino

(アンヘル・ダゴスティーノ)

1940/Orquesta/楽団、ピアノ

<アンヘル・ダゴスティーノ>楽団は、<アンヘル・バルガス>という人気歌手を擁していた ことで有名な楽団。
<アンヘル・バルガス>が1946年に楽団を離れてからも1963年に引退するまで断続的に演奏を続けた。
タンゴ歌手の阿保郁夫さんは、<アンヘル・バルガス>の歌を聴いて、タンゴに。

Luis Stazo

(ルイス・スタソ)

1959/Orquesta/作曲、楽団、バンドネオン、現役

1949年に<アルヘンティーノ・ガルバン>楽団に参加。
1949年以降、当時第一線で活躍していた有名ソロ奏者が指揮を取る様々な楽団で活躍し、10年後には、歌手の<アンヘル・バルガス>の伴奏指揮を引き受ける。
1959年から1965年にかけて、{アルフレド・デ・アンヘリス}楽団に初めてのバンドネオン奏者として参加していた。
<ロベルト・ゴジェネチェ>のアルバム ラ・マキシマ・エスプレシオン・デ・タンゴ(La Maxima Expresion del Tango)にポラコとの共演が収録されている。
1973年には、<オスマル・マデルナ>のオーケストラで活躍した時代からの旧友<ホセ・リベルテーラ>と、第一線で活躍する選り抜きのソロ奏者4人ともに<セステート・マジョール>を結成する。
この<セステート・マジョール>は世界にその名を知り渡らせる楽団のひとつとまでとなり、【タンゴ・アルヘンティーノ】(Tango Argentino)後に、【タンゴ・パシオン】(Tango Pasion)が世界で立て続けに公演されていった。
<ホセ・リベルテーラ>の死後(2004年)<ルイス・スタソ>も<セステート・マジョール>から離れ、{スタソ・マジョール}三重奏楽団(el trio StazoMayor)を結成しバンドネオン奏者、編曲担当として指揮を取っている。
メンバーはギターリストの{ココ・ベレガッティ}(Coco Belegatti)とコントラバス奏者の{カスペル・ドンケ}(Kaspar Domke)。