Orquesta(81) Canta(104) member(37) Orquesta2(31) Electronica(21) Compositor(13) Cafe De Los Maestros(15)
(アニバル・アリアス)
1980/Cafe De Los Maestros/ギター、現役
1969年、<アニバル・トロイロ>に請われて彼の四重奏団に参加、1975年に<アニバル・トロイロ>が死去するまで楽団のメンバーとして活躍した。
1980年以降、<カルロス・ガルシーア>と<ラウル・ガレーロ>のふたりが指揮する<ブエノスアイレス市立タンゴ・オーケストラ>にソリストとして参加する。
また同じ時期に、バンドネオニストの<オスバルド・モンテス>とデュオを組み、ヨーロッパツアーや、日本公演を重ねている。
<アニバル・アリアス>は、アベジャネダ・ポピュラー音楽学校の創設メンバーのひとりで、若い世代に歴史的なスタイルを伝えるキーパーソンでもある。
ウルグアイの歌手<ラグリマ・リオス>や<グスタボ・サンタオラージャ>とともに<カフェ・デ・ロス・マエストロス>プ ロジェクトに参加。


(オスバルド・モンテス)
1983/member/作曲、バンドネオン
ブエノスアイレスで {エミリオ・オルランド} Emilio Orlando、{ミゲル・ニヘンソン} Miguel Nijenshon、<ミゲル・カロー>、<エンリケ・フランチーニ>で演奏する。
1962年<レオポルド・フェデリコ>率いる、人気絶頂期の歌手<フリオ・ソーサ>の伴奏楽団に参加する。
その他<アティリオ・スタンポーネ>、<オラシオ・サルガン>、<マリアーノ・モーレス>楽団に参加、特に<マリアーノ・モーレス>とは10年近く共演、さまざまな海外公演にも同行した。
1983年から<ブエノスアイレス市立タンゴ・オーケストラ>のメンバー。
1980年代末には、<アントニオ・アグリ>の日本ツアーに参加、フランスではギター奏者{シロ・ペレス} Ciro Perezと演奏した。
ピアノの<カルロス・ガルシーア>とのドゥオ、ギターの<アニバル・アリアス>とのドゥオで録音を行っている。


(ラグリマ・リオス)
2000/Cafe De Los Maestros/女性歌手、現役
2000年にはパリのソルボンヌで公演を行った。
往年の巨匠たちを集めるプロジェクト<カフェ・デ・ロス・マエストロス>に参加し、ギター奏者<アニバル・アリアス>の伴奏でグスターボ・サンタオララ(Gustavo Santaolalla)とデュオで活躍。
また<バホフォンド・タンゴ・クラブ>のゲストとしてブエノスアイレスで公演を行った。


(アニバル・アリアス)
1980/Cafe De Los Maestros/ギター、現役
1969年、<アニバル・トロイロ>に請われて彼の四重奏団に参加、1975年に<アニバル・トロイロ>が死去するまで楽団のメンバーとして活躍した。
1980年以降、<カルロス・ガルシーア>と<ラウル・ガレーロ>のふたりが指揮する<ブエノスアイレス市立タンゴ・オーケストラ>にソリストとして参加する。
また同じ時期に、バンドネオニストの<オスバルド・モンテス>とデュオを組み、ヨーロッパツアーや、日本公演を重ねている。
<アニバル・アリアス>は、アベジャネダ・ポピュラー音楽学校の創設メンバーのひとりで、若い世代に歴史的なスタイルを伝えるキーパーソンでもある。
ウルグアイの歌手<ラグリマ・リオス>や<グスタボ・サンタオラージャ>とともに<カフェ・デ・ロス・マエストロス>プ ロジェクトに参加。


(オスバルド・ホセ・モンテス)
1980/member/バンドネオン
ギター奏者の<アニバル・アリアス>との共演でも知られる
以前は{ホセ・サラ}などのもとで修業したのち、<ミゲル・カロー>、<レオポルド・フェデリコ>、<アティリオ・スタンポーネ>で活躍していた。

(ホセ・コランジェロ)
1942/Orquesta/楽団、ピアノ
1940年代・50年代は<エドゥアルド・ロビラ>編曲での演奏をおこなった。
また歌手{エドゥアルド・ソラノ}(Eduardo Solano)の伴奏も務めた。
1959年には<オラシオ・サルガン>楽団のメンバーとラジオ局【LR3ラジオ・ベルグラーノ】の番組に出演。
1962年、<レオポルド・フェデリコ>に招かれ、歌手<フリオ・ソーサ>のピアノ伴奏をし、<フリオ・ソーサ>が1964年に亡くなるまでともにレコーディングをおこなった。
また<ホセ・コランジェロ>は、<ネストル・マルコーニ>、{オマル・ムルタフ}(Omar Murtagh)、<アニバル・アリアス>とともにカルテットを結成する。
