Taipei Tango Weekend 2023
■見ているだけで楽しい
まずは、踊りを見ているだけでも、楽しいということに尽きると思う
そのためには魅力がある人達が、常時踊っている状態が作られていないとダメだ
それは、タンゴが上手ということとは違う
個性的というか、スタイルを持っている踊り手が揃っているフロアー
いつまで、見ていても、飽きないということだと思う
そのような参加者をどう集めるか?
それは、何年も掛けて、人と人のつながりやコミュニティーを構築しながら、
そのコミュニティーが徐々に大きくなってきた結果だと思う
一夜にしてできるものではない
そのために、見えないところで継続的な努力をオーガナイザー自らしているからだと思う
■最低でも5時間
ミロンガの時間は3時間ではダメで、最低でも5時間は必要
今回は、1日10時間が、4日も続く
なぜ、そんだけの時間が必要かと言えば、
見ている時間が半分あるということがカベセオをするために必要だからと思う
それは、踊ってみたいと思う人と、踊るために必要な時間と置き換えてもいい
その機会やチャンスが来るまで待てる時間が必要だということ
さらに、オーガナイザーが見ている景色も違う
まだ空気が堅いとか、柔らかい空気が流れてきたとか
そういうミロンガの景色を見ている
空気は時間とともに、柔らかくなるものだと思う
絶対的な時間というものがカベセオやミロンガの景色を変える
そうやってすべての条件が整ったときにカベセオが成立して、
そこで踊るタンダこそが、ミロンガ沼の満足させる瞬間だと思う
■カベセオの成立
カベセオが成立しやすい会場の作り込みも必要
正面に向き合って座っていればいいというものではない
フロアーと座席の間に明確な境界線というか通路があるとか
座席が2重構造になっているとか
フォロワーからのカベセオはあたりまえとか
それが、とても重要だと思った
これは、踊っていないときも、ミロンガに参加して楽しんでいるということ
まさに、これからカベセオというときはもちろんのこと
踊った後に、余韻をひたるスペースにもなる
タンダの最中でも、ずっと椅子に座っている必要もないし
そのスペースがあるからこそ、いろいろな空気が混在し、
それがまた新しい空気となって、
1タンダごとに、会場全体が新鮮な気持ちになれる
■タンゴ以外の振る舞い
タンゴ以外の振る舞いもすばらしい
そういう人達が集まっているというのがなにより
これは個人的なことなので、ここには書けないけど、
仲間って、こういうものだということを再認識した
とにかく感銘した
■底なし沼の先にあるもの
沼は、一度はまると、長い間そこから抜け出せないことを意味するわけで、
長い時間を費やし、行動しつづけたからこそ、
そこから得られる喜びがあるわけで、
タンゴにも同じものを感じた時間だった
Taipei Tango Weekend 2024
■自由と調和と「美しさ」へ
さらに、掘り下げると、、
- 自己表現が最も純粋で誠実なとき、不要なものが取り除かれ、そこには特別な美しさが生まれる。自分の本質を偽りなく表現することで、他者の心に響く力を持つ
- 個性が自己表現を通じて現れるとき、それは唯一無二の美しさがある。この独自性こそが、創造性の源としての美につながる
- 完璧でない自分をさらけ出す勇気にも美しさがある。弱さや不完全さを受け入れ、表現することで、より人間的で共感を呼ぶ美しさもある
- 自己表現は常に進化し、時間とともに深まり、洗練されていく様子は魅力的であり、美しさにつながっていく
- 時に、自己表現は不調和を引き起こす。この間で生まれる緊張感にも独特の美しさが存在する
- あらゆる感情を正直に表現すること、感情表現の生々しさや力強さは、美しさに変わり、他者の心を動かす
- 自己表現には創造の美が宿り、既存の枠を超えた表現は、しばしば驚きと感動をもらたす
- 自己表現は個人的なものでありながら、常に文化の影響を受けるもので、広がる無限の可能性に先に独特の美が存在する
そして、ミロンガに参加している全員の自由や幸せを尊重し、共に喜び合える状態。その調和した関係性がなにより美しい。
■アルゼンチンタンゴの美しさと幸福感
さらに、さらに、掘り下げると、、
- タンゴは、二人が一つの単位として動き、この完璧な調和と一体感を達成したときに感じる美しさは、孤独から解放され、他者との深いつながりを実感させてくれる。これは根源的な欲求を満たし、幸福感をもたらせてくれる
- 言葉を使わずに相手と深くつながり、互いの意図を理解し合える瞬間には、言葉を超えた美しさがあり、この深い理解と共感は、人間関係の本質的な喜びを感じさせてくれる
- タンゴにおける即興、その場で創造される独自の表現には、生の美しさがあり、創造の喜びをもたらせてくれる
- 相手に身を委ね、また相手を支える関係性には、脆弱性を受け入れる勇気と相互の信頼が必要で、この関係性自体に精神的な美があり、深い人間関係の喜びを感じさせてくれる
- 踊りに没頭することで、日常から解放され、「今」の瞬間のみに意識が向かうことで、瞑想に似た心の平穏をもたらせてくれる
- 個人の限界を超えて、より大きな何かの一部となる自己超越の体験が、精神的な高揚感と幸福感をもたらせてくれる
- 身体的な動きと感情表現が密接に結びついていることから、この身体と精神の完全な統合は、体も心もまとまった美しさが生まれて、すごく満たされた気分になれる
- 相手と共に表現を深めていく過程には、共に成長する喜びがあり、この共同の成長は、関係性の深まりと個人の発展を同時にもたらしてくれる
- さまざまな感情が、タンゴの表現と共有を通して、カタルシスや感情的な解放をもたらし、精神的な浄化と幸福感を与えてくれる
アルゼンチンタンゴが与えてくれる幸福感は、興味深い。なにより、これらを共有し、実践しているタンゴを踊る仲間がいることが幸福そのもの。
■TTWにあるもの
TTWにあるのは、アルゼンチンタンゴ、そのもの。
そんなタンゴで、満たされている空間。
ヒエラルキーがなく、フラットで、1人1人がタンゴを楽しんでいる空間。
踊れないとか、踊りたい人がいないとか、踊りが上手とか、イマイチとか、そんなことは全く関係なくタンゴを楽しんでいる空間。
来年も参加したい。。。
Taipei Tango Weekend 2025
■年1のイベント
3回目ということ、同じホテル、同じ会場ということもあり、
既に慣れたもの、懐かしい感じすらする。
■自分のタンゴと居場所
日本人だからといって、日本を代表しているわけでもなく、
そこには、自分しかいない。
自分のタンゴがそこにあるだけ。
自分が踊るタンゴは、ある意味、少し特殊。
ヌエボとか、モデルノとか言われている方に分類される。
王道ではないタンゴ。
ちなみに、王道は、サロンタンゴということにしておこう。
さらに、性格も少し特殊という要素が重なって、
独自路線を歩んでいると自覚している。
歩んでいると書くと、少しかっこいいと思ってしまうが、
当然ながら、タンゴもビジネスの枠組みの中に存在し、
自分にぴったりな居場所はほぼない。
独自どころか、妥協の産物でしかない。
そんな中で、TTWだけは違う。
一人一人が自分のタンゴで参加しているマインドが伝わる~。
それがなにより心地よい。
■タンゴを作る努力とは?
言い方を変えると、自分のタンゴを作る努力をしている。
そういうタンゴ文化に支えられている。
ここが日本とは違う気がする。
踊りとは、本来、自己表現のはず。
そもそも自己が無ければ、何も表現できないし、
自己があればあったで、それをどう表現するか?
また、タンゴは2人で踊るものだから、
独りよがりの自己表現ではタンゴは成立しない。
双方の自己表現を受け入れる器や技術的なスキルも必要。
そういうタンゴ文化と、そのためのスキル育成手法が必要。
■自分のタンゴを再確認
これらは、一夜にして出来るようなものではない。
日々の積み重ねが必要。
間違えたことをいくら積み重ねていても意味がない。
技術より、文化なり、マインドの再構築が必要なんだと思う。
マインドさえあれば、なんとかなるし、なんとでもなる。
絶対的なマインドを持っているか否かでしかない。
そういうマインドを持った人が年に1回集まる場所。
毎年、それを確認するためにTTWに参加し、
自分のタンゴを再確認している。