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●YouTubeを見て真似をしていはいけない理由

カラダの動きは真似することはできない

だから、カラダの動かし方、リードの仕方を学ぶ必要がある

科学的には、カラダを動きを真似することは不可能らしい

確かに、何百、何千というカラダのパーツを同時に動かしているだけだから、真似はできない

仮に、カラダの動きを真似できるようになったと錯覚してタンゴを踊るとどうなるか?

それは、単に1人でカラダを動かしているだけ

また、踊る相手が違っても、同じ動きをする

それは1人でタンゴを踊っているのと同じ

タンゴで1番やってはいけないことになる

●タンゴの記号化が進んでいる

だらだら長文で説明するのがアナログ社会

コンピュータで記号化して処理するのがデジタル社会

だらだら長年かけてタンゴをやるのが昔のタンゴ

情報をテキパキ処理してタンゴをやっているような社会は、記号化されたタンゴにように思う

記号化されたタンゴでは失われてしまうものがある

それはちょっとした美的な感覚や得体のしれない新芽など

自ら考えなくなることだと思う

●自分が変われば大切なものが違ってきます

ミロンガは、大切だと思うものが同じ人達が集まるのがベスト

大切なモノが共有出来ているから、心地よい

●タンゴの収束時期と拡張時期

タンゴの収束とは、余計なものを削り落としてシンプルにしていく時期

この収束時期は、踊る相手も限定的になると思う

一方、タンゴの拡張とは、新しいものを取り入れていく時期

この拡張時期は、いろいろな人と踊ると思うと思われる

なぜならば、新しいものを試してみて、通用するかしないか確認したい欲求が起こるからかと

踊る相手が限定している人と誰とでも踊る人がいるのが不思議だったんだけど

ここに1つの答えがあるような気がした

ある程度、自分なりのタンゴが確立している場合は、踊る相手が限定的になるね