タンゴの中に隠れているもの

●タンゴの中に隠れているもの

タンゴの中に隠れているもの

それに気づくのに10年かかりました

●タンゴを知るきっかけがない

おそらく、誰がもイメージするタンゴは

男女が激しく踊るショータンゴ

もしくは、ちゃんちゃんちゃんの社交ダンスのタンゴことで

ここで言うタンゴは、「アルゼンチンタンゴ」

ほとんどの人は見たことがないはず

今の時代は、YouTubeで見れば「こういうものね」はわかるとは思いますが

タンゴの奥に隠されている何かを、伝えてみたい

タンゴに隠されていることを言語化してみたい

そんな試みです

●タンゴをつまらなくしているのは誰?

「ズバリこれが原因です」は存在しない

いろいろあると思うので探求してみたい

逆にタンゴの面白さを伝えてみたい

それは、どうすれば伝わるのか?

イメージ先行、期待値上げすぎ

習得まで時間とお金がかかる

嫌な思いをすることも多々ある

そんなネガティブなことすら気にしなくなるぐらい

タンゴの魅力について、探ってみたい

●昔、タンゴは卑しい踊りとして、国が禁じた事がありました

男女がべったりというカタチではチークダンスとタンゴは同じ

違いがあるとすれば、チークダンスを習う人はほぼいない

チークダンスを習って10年「まだまだです」という人がいない

ことタンゴになると、これは当たり前の感覚で

10年習っても、わからないことだらけ

また、卑しいと言われれば(過去、禁止令あり)

その真逆、タンゴはとてもエレガントなものですとばかりに

サロンタンゴという領域や競技会的なものもある

パリの社交界が貢献したみたいに、華やかな部分もある

一方で、男女べったりのミロンゲーロスタイルと言われるタンゴも健在

いろいろなタンゴがあるのです

●タンゴは即興なんです

即興は、その場で踊りを作っていくということ

すべてのダンスは即興かもしれない

音楽が鳴った瞬間に、カラダが勝手に動く

何も知らなくても、音が鳴れば踊ることができる

問題は、タンゴはペアダンスということ

二人が一緒に動かなければならない

二人が一緒に即興しなければならない

二人で練習して、同じ振り付けを覚えて踊っているわけではなく

その場で、はじめて出会った人と、即興で踊らなければならない

そのため、男性がリードをして、女性はそのフォローをすることになる

男性のリードがわからなければ、女性は動くことができない

その場で、タンゴがストップする

男性には創作性と臨機応変の対応力が求められる

なんか恋愛と似てる

●ジェンダーも色々

ここでは便宜上、男女という表現を使っていますが

男男と女女のタンゴも当然あり

●本物のタンゴと偽物のタンゴがあるらしい

偽物とは、似て非なるものであって

素人が見たら、区別が付かない

ただ、その筋の人が見れば、決定的な違いがわかる

タンゴの本物と偽物も同じで

素人ではわからない

見る人が見れば、あれは本物で、これは偽物だと言う

具体的に何が、本物で、偽物なのか?

愛に本物と偽物があるかの問いに近い

本物は長年の年月を経た結果であり

そこに関わった人の歴史やストーリーが存在する

そういう意味で言えば

タンゴの発祥の地であるブエノスのタンゴ以外は

すべて偽物であると考える人もいる

時代は確実に流れている

当初は、偽物扱いだったものが、本物に変わる変異も起こる

何が本物で、何が偽物なのか

時代と密接に関連しているという意味ではタンゴも同じである

●いい男であっても、タンゴはダメ男子に変身させる

いい男であっても

ことタンゴになると、ダメなタンゴ男子に変身し

本来もっているいい面を一切消し去ってしまう

タンゴは、そんな不思議な力を持っている

アブラッソのこと

ステップのこと

音楽のこと

この3つだけでも精一杯

余裕のないオトコに魅力は感じない

この精一杯からいかに卒業していくか?

それまではダメ男子であり続ける

その方法論は、教えてもらうというよりは、自ら構築しなければならない

先生によって180度、指導法や見解が違ったりするのは当たり前だし

ステップの名前などはあってないようなもので

教わったことをひととおりできるようになったとしても

それで終わりではない

まだまだ試練が続く

●続ける男子の3つの条件

女性が好きか、踊りが好きか、探究心が強か?の3パターン

3つが揃うと最強

どんどん嵌る人は、難しいことが楽しいと思える人

頭もいい方でないと続けられないかも

●感じたことを、肉体で相手に伝える

感じたことを肉体で表現していく

踊りとはそういうものだと思うが

タンゴの場合は、相手がいるので、それを相手に伝えなければならない

相手に伝えるためには

言葉を介して手取り足取りで、伝えるのがわかりやすいが

無言のまま

カラダの使える部分を全部使って伝える

ここの説明が難しい

生きている細胞全部を使うに近いかな

「気」まで使うとか(笑)

外から見ていたら、どうやって伝えているのかわからないと思うが

とにかく曲がスタートしてから終わるまで伝え続けている

●タンゴを踊ると、その人の生き方もわかってしまう

その人のタンゴのレベルは一瞬でわかる

さらには、性格や生き方、モノの考え方までわかる

慎重なのか、大胆なのか?

あるいは、他人思いなのか、それとも自己中なのか

タンゴはとにかくすごい

●カッコよく見えるタンゴと気持ちタンゴは違う

最初は、カッコイイから入ると思うけど

タンゴ歴が長くなると、カッコイイはどうでもよくなり

気持ちいいタンゴというものを目指す傾向もあるように思う

気持ちいいに満たされていくようなタンゴの世界に堕ちていく

●気の抜けたようなタンゴ

気の抜けたようなタンゴ

確かにある、そういうタンゴが

ダンスはある種の高揚感が伴うものだが、それがない

淡々としている

女性に愛想を振り撒くために踊っているようなタンゴも

にこやかでいい感じに見えるタンゴも

心に抑揚がなく気が抜けているように見える

恋愛でいえば末期な感じといえばイメージできるかな?

見ているだけで、胸が痛くなる

一方で、踊っている二人の間に

こういうタンゴが踊りたいという思いが垣間見られれば

そういう雰囲気のあるタンゴは見ていて気持ちがいいし

豊かになれる

●私の生き方に反するタンゴ

タンゴをやっていくと、だんだんとこだわりが強くなる

それが生き方云々まで達していく

私の生き方に反するタンゴは踊れない

そういうタンゴは認めない

みたいな

それぐらいのこだわりが強くなっていく

タンゴはただの踊りじゃないの?

それは違うと、密かに思っている人は多いはず

ここにタンゴに隠された秘密がある

●マッチョイズムなタンゴ

国によって理想の男性像は違う

頑丈さや力強さなど男性マッチョ性が理想の男性という国であれば

タンゴも、力強いタンゴでなければならない

女性を守り、引っ張っていく力強いタンゴになる

もうひとつ、対極にあるクールで男女対等なタンゴ

不思議なことに、踊れる人は、どちらのタンゴも踊れる

タンゴの中身は同じということ

中身がタンゴそのもので、外見を変えているだけのこと

●平日の昼間に贅沢な時間が流れるタンゴ

優雅なお稽古ごと

有閑マダム的なタンゴ

ご機嫌をそこなうようなことをしたら即アウト

いかにも上品で優雅

そういうタンゴもある

●継承するタンゴ

タンゴのスタイルは、いくつかあって、そのスタイルによりタンゴの踊り方が多少違う

有名なところで言えば、ブエノスの伝統的なミロンゲーロのタンゴの世界感というものがある

そのタンゴの世界感を継承する

同じ時間を過ごすことで、踊り方だけではなく、文化や立ち振る舞いなど、すべてを継承する

●タンゴの魔法

魔法が解けたタンゴは退屈で救いようがない

一度タンゴの魔法に掛かると、とてつもなく大切なものになる

その魔法を手に入れた人しかわからない魔法

たしかにタンゴには魔法がある

そのタンゴの魔法とは、カラダで感じる多様な愛かもしれない

エロス(情欲的な愛)

フィリア(深い友情)

ルダス(遊びとゲームの愛)

アガペー(無償の愛)

プラグマ(永続的な愛)

フィラウティア(自己愛)

ストルゲー(家族愛)

マニア(偏執的な愛)

●タンゴはおもしろいはずなのに

一人じゃ踊れないない

また、踊る場所(ミロンガ)も必要

いろいろな要素が重なりあう必要がある

それぞれの要素について

少しでもクオリティーが上がっていけば

「おもしろいはずのタンゴ」が成立する確率が上がる

しかしながら、クオリティーが上がっていく気配がない

何をもってクオリティーなのかが理解されていない

それを教える人も、伝える人もいない

教える伝える人がいない理由には

タンゴには正解がないということからきていると思う

たしかに、そのとおり、正解はない

正解がないものを教えることはできない

自分の意見を伝えることが限界になる

ただ、そもそも、この世の中、正解などないかもしれない

時代とともに正解は変化するし

一時的に正解だと錯覚しているだけかもしれない

思うに

これが、正解だと思うことが共有できればいい

それを考える素材を提供できればいい

それを共感してくれる人が、20人もいれば充分かもしれない

それだけで、クオリティーが上がると思っている

クオリティーが上がることで、タンゴがおもしろいと思う人が増えてくる

そういう人達が集まるミロンガが増えることが

ここに書いているモチベーションだったりする

●タンゴとは何かを考え、言語化していない

全員で考える必要はない

それを考える役割の人が考えていない

ときたま

タンゴ人口を増やすためにはどうすべきか?

そんな話題を聞く

そこで出てくるタンゴの言語化は

男女がある

別にタンゴでなくてもいい

癒しがある

別にタンゴでなくてもいい

新しい仲間ができる

最初にそれを言うと、うさんくさい

上達する喜びがある

別にタンゴでなくてもいい

自己表現がある

別にタンゴでなくてもいい

生きていく上で、何かを満たしてくれる

それを伝えるのが難しい

ミロンガやレッスン料を安くすればいい

始めるハードルは下がるものの本質ではない

タンゴにしかないこと

一度、深く思考し言語化してみる

間違っていてもいいと思う

それを起点として、さらに思考が深まればいい